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OBの山行記録・ 2009年8月18日 (火)

【中部日高】中ノ川右股ペテガリ東面沢/米山(1Q84)
中ノ川の一番右奥、ペテガリの東肩に突き上げる沢が中ノ川右股。おなじみ下流部の美しい淵と函、中流部の風格ある両岸の高い壁と小難しい連瀑帯、上流部の大滝と雪渓の難関コンビネーション。ピークにこそ上がらないが中ノ川をフルコースでいただく満腹ルートだ。「23南面、ソエマツ南西面よりもよほどエグい」という印象。予想以上の極悪沢だった。とてもシゴかれ、大変満足。100m大滝やゲジゲジ沢の展望抜群の新下降尾根(サイトー尾根と命名)も発見した。
【メンバ】米山悟(1984入部)、齋藤清克(1987入部)、田中宏バイエルン(2006入部)
【日 程】2009.8.14-16
【タイム】
8月14日晴れ
札幌(6:00)→中ノ川林道車の終点(Co250北からの支沢の橋)(11:00)→徒歩で入渓・882のほぼ南Co330(13:00)→Co430十字峡(16:00)→Co450留取岳南面沢出会いすぐ先C1
8月15日晴れ
C1(5:00)→上二股・565(6:40)→核心抜けたCo1350C2(19:10)
8月16日晴れ
C2(05:50)→稜線(06:50)→1573m峰(ペテガリ岳東肩)(7:00-15)→新下降尾根頭Co1500(08:00)→尾根末端(11:15)→C1(14:00-20)→入渓点(17:00)→いろいろあって車デポ到着(20:40)

8/14
中ノ川は広くて深い淵泳ぎから。天気も良いし水面すれすれ目線から日高の高い尾根を見上げてヒラ泳ぎ。十字峡より先に天場を進めるが、大して進む前に魅力的な天場に出会ってしまい、泊まる事に。巨木の流木があり、星を眺めてゴロ寝。すごい流れ星を見た。光る長い棒みたいな。今年も山でペルセウス座流星群を見られる。
8/15
歩いてすぐ、泳ぎの淵5,6本。体脂肪率の低いバイエルンはこれで一挙に震えあがってぶるぶるちゃんになってしまい一人カッパを着る。泳ぎの沢には多少の皮下脂肪が要る。中ノ岳北東面沢との二股を過ぎると豪華なスライダー釜着き滝があり、その先の2条10mの滝で左岸を初ザイルを出す。ここは帰りに懸垂した。

第一の核心部は・681(げじげじマーク支沢との二股)の少し下、10m冷水を泳いだ末の立ち泳ぎでチョックストーンの挟まったプール付き4m段差が越えられない。左岸の壁を登って巻いて懸垂。古い残地ボルトあり。

Co730二股に左岸から合流する100mの大滝がすごい。日高で一、二の滝ではなかろうか。翌日下降尾根上から見たらこの上にもさらにもう一本同じ規模のが見えた。3年前、ヌピナイで会った青島、成瀬さんがここに向かったという話だったが、これか〜。

このあたりから大小さまざま猪口才な滝が連瀑する。その中で15m滝右岸水ぎわをゆくのが第二の核心、上部で左岸に飛び移ったらどうかと登り始めたが、齋藤はそのまま激流ステップを踏んで右岸を前進した。家に帰って日本百名谷を見ると、ここが「死のジャンプ」とある滝の様だ。(日本百名谷・1972.7.20小樽商科大山岳部魚住幸男氏)

Co760屈曲部あたりから第三の核心、雪渓と連瀑帯が始まる。雪渓は安定しているが切れ目には絶悪な滝があり降り口が無く、ほとんど側壁にザイルで登って巻いて降りる。側壁に登路が無く、泥壁をザイルでトラバースして懸垂というのもあり。ひとつ数百mの雪渓を4つ、そんなふうにこなし、間の滝をばんばん登っていくうち、時計の針がぐるぐる回っていく。

Co1000付近を超えると谷が極端に狭く幅2mくらいになり、あいかわらず滝だらけ。その廊下の奥の10m滝が第四の核心部。左岸バンドをへつってカンテをまたぎ、あっち側の傾斜ある壁に打ったハーケンからシュリンゲで鐙を垂らして上に抜け、そのまま左へトラバース。周囲に巻きの選択肢は無い。

このあと30m滝を右岸から巻いて最後の数百mの大雪渓に乗り、行き止まりに午後6時に見上げるのが30,20,40mの傾斜の強い連瀑、第五の核心。結構難しく、トップはザック吊り上げ。もう、日が暮れちゃっているんですけど、雪の上では泊まりたくないので泣きながら登る。チムニー多く、背中も脇腹もこの時間になってびしょぬれになった。ラテルネを出して、完全に闇になった7時過ぎ、滝を抜け傾斜30℃のガレ場の中に天場を築く。奇跡的に良い薪が多少あり、水もちょろちょろ流れている。ガレ岩を整地して三人の寝床を作り、火をおこして、麻婆豆腐雑炊を作る。炎で背中もお尻も乾いていく。幸せだ。膝も指先もぼろぼろだ。大変な一日だった。

8/16
天場の上にはもう稜線が見えていた。勇んで最後の濡れた草付き涸れ滝に取りついたが、意外に上部は傾斜があり、20mほどザイルを出す。藪こぎは多少で稜線に出た。ペテガリ、中ノ岳、久し振り。1573m峰までハイ松の海を進んで登頂。ペテガリまでは結構ある。ここもなかなか良いピークじゃないですか。誰かが作った看板で、「キヌプリ」と書いたのがある。キムクシュは雲海の中。始め、こちらに下る計画だったが、雪渓が多そうだし、やはり三日では無理。

下降尾根は従来、主稜線を1469まで藪をこいで南東へというのが定番だが、右岸を見ながら来た結果、藪こぎ半分でCo1500から東に落ちる顕著な尾根を新下降尾根にする事にした。結果、旧尾根に比べ尾根が狭くて顕著でわかりやすく、稜線の藪こぎも半分になったのでこれは大変お勧めルート。しかも右のげじげじ沢の凄い形相や、100m滝沢の全貌が両方見物できる。尾根末端で極端に細くなるが、・681の尾根末端までブッシュが切れずに続く。この下流は二条の滝で懸垂する以外はすべてプール飛び込みで下降できる。
C1帰着14時、この先も一生懸命歩かないと日が暮れる勘定だ。きょうも結構ハードな一日になりそう。下流部の足のつかないプールを立ち泳ぎしながら、中ノ川の夏を満喫して流れ下る。長い河原歩き。バイエルンは鹿の角を三本も拾った。河原から林道へ上がる所で、最後尾を歩いていた僕が、良く似た手前のポイントで上がってしまい、待っていた2人とはぐれた。下山連絡の約束時間にぎりぎりだったので先に行ったものと思い、林道を走って車まで行くと、誰もいないのを見て初めて気づいた。二人は河原を暗くなるまで探し、その後車に戻ったので、結局下山連絡が9時になってしまった。最後の最後にさえないトラブルで全員ぐったりしたが、大樹の龍月で豚丼をかっ込み、急がず札幌を目指す。急いでいる林道は要注意だ。

去年23南面沢、ルベツネ北面沢などに連れて行った現役のバイエルンは見事な沢好きに成長していて頼もしい限り。げじげじ沢(・681右岸支流)やジャヌー南面沢(・530左岸支流)など、支沢の出会いでは「ちょっとのぞいてきます」といそいそ探検に出かける有様。それをみる斎藤は「よかったなあ、バイエルン」とたびたびつぶやくのだった。

飽きるほど滝や泳ぎを繰り返し、先の分からない雪渓と細い岩の回廊。ボリウムといい、日高屈指の山行になった。この満足感を時折思い返し、日常をにこにこしながら生きる。
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