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書評・出版・ 2015年12月28日 (月)

手作りヒマラヤ登山隊 弘前・山岳同人流転 カラコルム・スパンティーク報告書 米山悟(1984入部)
弘前の、山岳同人「流転」の遠征隊の報告書を送ってもらいました。スパンティークは、カラコルムの7000m峰です。こてこての手作り遠征です。旅は、山は、こうあれというもの。普段の地元の山のスタイルで、山スキー、テント無し(半イグル―)、うんこペーパーレス(もちろんゴミも無し)の三本の矢が光っています。
大物の予感漂う23歳女性メンバーの存在も輝いている。若手が続くチームってのが90年代っぽい。
90年代までは、ヒマラヤと言えばガイドと行くものではありませんでした。山岳部なり山岳会のもんが、休みを最低一カ月や二カ月は工面して、自分で梱包、発送して、現地ではポーターに札束配って交渉してキャラバンしてベースで粘って・・・というのがヒマラヤ登山だったのですが、最近、そんな遠征隊の話をさっぱり聞きません。山野井さんや佐藤さんや花谷さんや横山さんや谷口さんたちのような凄腕壁クライマーはもちろん今もやっていますが、僕らのようなセミプロのアマチュアが出かけていくような話をとんと聞かなくなりました。以前に比べ匿名化、非組織化が進んでいるので、日本ヒマラヤ協会も2000年ごろから日本のヒマラヤ登山隊を把握しきれなくなり、もう年報でも網羅できなくなりました。
初登頂じゃなくたって、ピオレドールじゃなくたって、テレビ局が取材してくれなくたって、県民栄誉賞もらえなくたって、全然構わないじゃないですか。もっと手作りで、いつものやり方で、若者がヒマラヤ行けばいいのにな。
久しぶりに送ってもらった手作り報告書。これでいいのだ。
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