しわく山の会 岩倉 正文
<酒 >
俺は楽しい人生をひとつなくしたようなもんや, 一緒に山に行ったのは十回くらいやけど,とにかく、よう飲んだ。 飲んだら山の話や女の話, たまに本の話もした。
彼は酒より焼酎が似合う。ぶどう酒も好きやったけど、ワインよりやっぱり焼酎やな。いくら酒が好きでも、嫌なことがあって酒に逃げるなんてことはなかった。 いつも心で闘っていたから疲れある面があったやろな。酔っているんじゃなく自分の言おうとすることを酔いをそっちのけで言おうとしていた感じや。酒に負けて, 朝遅うまで寝るのは俺と同じであったけど・・・・・・。 それに朝おきたら、顔のまわりヘドだらけで, 「これ誰や。」なんてこともあったなあ。
<魅力>
彼は優しい。 優しすぎる。 裏を返せば判断力がない。 優しさが先に出て人のこと考えすぎるんやな。でも、人の痛みを解かってあげれる人や。 どんな人間がいようと, 誰がいようと,とけこめる人やった。 俺の場合は,自分の好き嫌いで決めるあくの強さがあるんやけど, 彼の場合そういうのがないんやな。
彼自身、泥くさく, 人間味があった。 彼の中には人間の良さや弱さがあって悩んでいる部分もあったし・・・・・・。 でも悪いところもええところに見えてしまうんやな。
彼みたいな人を好きになる人間は, 人生を一生懸命考えている人間や。 自分なりに心で闘っている人間や。 彼のような人がいたら, 周りの人が影響受けて、いい人がいっぱいできる。
彼の性格は自分でつくりあげた部分も多いけど、 お母さんから受けたものが多いみたいや。お父さんはあまりしゃべらない人やけど、 彼のあたたかさを持ってるな。
とにかくことばでは説明できない魅力や、会うほど深まるから,つき合わな分からんやろなあ。
<山>
彼はその場その場で作っていこうとする人間やった。いくら親に言われても、そっちの方が大事やと思ったらそっちをした。親よりも山, 仕事よりも山というぐあいに、山に対してはこうやというのを持っとったな。いつも言ってたけどそれほどえらいめまでして行かんでもええ。楽しく行かないかん。 山は楽しみに行くのであって, 苦労, 苦労で行くもんじゃない, と思ってもあったみたいやな。 人並みな体力持っとったから言えるんやろけど……。
バギラッティ帰りの彼と九重に行ったときのことや。 野菜炒めに, 唐辛子を入れるは入れるは,あのびん一本入れたんや。一口食べるとビールを二杯飲んだ。なのに彼は「こんなもんじゃなかった。インドではもっと辛かった。」って言うんや。七味の中に野菜があるみたいやったのに。 彼と一緒に登った山は印象深い山が多いな。
<気がかり >
ヒマルチュリに行く前, 山の会をすごく気がかりにしていた。 山の会の発展というか, 自分がやらなきゃ誰がやるという気持ちやったみたい。 トレーニングがあるから役はおろしてもろたけど,やっぱり重責を感じてたんやろ。 会には自分が必要や, それに、みんながしてくれるから,自分がひっぱっていかないかんって……。
家のことも気にしてたなあ。 バギラッティの時は、急に玉葱の手伝いをしたから、お母さんがびっくりしてた。
それから,声をテープにふきこんだり, レコードをふきこんだり精算して行った。 全部精算して行ったんや。 金銭は何とかの隷属なりということばがあるやろ, 彼が何度も説明してくれたんやけどなあ。 借りた物があったら自分の弱みになるやろ。 金銭面はしっかり考えてたみたいやな。
《ライバル>
俺には岩登りのいいライバルやったから, 潤滑油が切れた感じや。 彼がいたから俺も登れたし,俺がいたから彼も登れたんや。 ここは絶対登れんていうたところでも俺が登ったら彼も登った。 でも九重で彼がノーザイルでスイスイ登ったところは,俺はノーザイルでは登れんかったなあ。
彼はリーダーの時、ものすごく慎重に考えていたけど、俺がサブやったら気をゆるめるんや。 おかしなもんやな。同格に認めてくれてたのかも知れない。
ほんまに彼には世話になった。 酒飲んではいつもくだまいて, しりぬぐいしてもろた。
俺は成功よりも彼が生きて帰ってきてくれたら, それでよかったんや…。