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NO.9 菊池徹・三郎氏

製作者銘:仙台山内作 二.二四 昭九
山内東一郎(1890-1966)

菊池徹・三郎氏のピッケル
製作者銘:仙台山内作 二.二四 昭九
菊池徹・三郎兄弟が使用した稀代の名工山内東一郎作のピッケルは、故菊池徹会員が北大入学前の1940(昭和15)年頃大阪好日山荘で購入した。2007(平成19)年7月菊池三郎会員より当館に寄贈された。

ヘッド長31.7cm、全長85.5cm、フィンガー長16.0cm、ブレードは琴柱型。

フィンガーに「仙台山内作 二.二四 昭九」の文字が刻印されており、山内東一郎が 1934(昭和9)年に製作した224番目のピッケルである。山内は300番以降から末尾が4となる製造番号を省いたが(山岳第62年、平柳一郎)、これはそれ以前の作である。ピックに2の刻印があるが、意味は不明である。良く手入れされたピッケルで、所有者のこのピッケルに対する思いが伝わる。

山内東一郎は、東北帝大金属材料研究所に勤務の傍ら、学生枡田定二の指導をうけて大正13年からピッケルの試作を始めた。試作を始めてから5年後の昭和4年、ようやく大阪好日山荘から第1号が販売された。この頃のピッケル材質は、炭素鋼であった。のちにニッケル・クロム鋼、昭和8年からはニッケル・クロム・モリブデン鋼となる。昭和6年頃山内ピッケルは、サラリーマン給料の1か月分に相当する高価なものであった。東一郎は昭和41年75歳で死去するが、製作本数は生涯で1860本と寡作であった。


菊池徹・三郎氏のピッケル
製作者銘:仙台山内作 二.二四 昭九
菊池徹・三郎氏のピッケル
製作者銘:仙台山内作 二.二四 昭九
菊池徹・三郎氏のピッケル
製作者銘:仙台山内作 二.二四 昭九

 
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