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95ブニ-ゾム峰西面-West face of Buni-Zom »

「パキスタンでの登山を終えて」清水 徹

 登山とは、あらゆる趣味道楽の中でも世間からかなりの厚待遇を受けた遊びであると 思う。登山という行為そのものが若者の純粋な冒険心、自然への畏敬を表しており、山 男というだけで一種完成された人格者であるかのような評価を受けたりもするからだ。

 しかし、6年間登山をやってきた私に言わせれば、山男という種類の人間が他の人間 集団と比較してさほど特別なものだとは思わない。山という対象にひたむきに打ち込むそ の姿は外から見れば確かに美しく純粋に映ると思う。しかし、その集団の内面は他のい かなる団体と同様に多くの泥臭さに満ち、登山という行為に伴う最大の困難は、体力で も気象条件でもまして時間や金でもなく、相当あくの強い山仲間達との人間関係に付随 する辟易との闘いであった。それが正直な感想である。

 それはさておき、ヒマラヤの自然は素晴らしく美しかった。薄い空気の中、青という よりも紫がかった広い空の下で6000m級の山々が周りに広がり、さらには自分がその天 上界のような場所の、その1つの頂に立っているのである。世界にはこのような場所が あるのだ。登山という世界に足を踏み入れていなければ決してこのような感慨をもつこ となかった筈だ。地上の喧騒のなかでそれなりの喜びや感動を見出し、それで終わって いたことだろう。また、麓のパルガム村の絵に画いたような美しい風景、時の流れが止 まったかのような人々の暮らし、子供達の純朴さ、好奇心に満ちた目。その当時を思い 出す度に自分がかけがえのない体験をしてきたことを実感する。

 二度も病気で倒れ、それなりにひどい目にも会ってきた。しかしパキスタンという国 は不思議な魅力に溢れた国だ。足を運ぶ度に違った顔や趣で迎えてくれそうな気がする 。ファキールやゴルザール、パルガム村の住人達が相変わらず達者に暮らしていて欲し いと思う。しばらく時間を置いて必ず再訪してみたい。


 
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