NO.7 中野征紀氏
1935年医製作者銘:SAPPORO KADOTA
初代:門田直馬(1877-1954)
2代:門田 茂(1910-1998)
3代:門田 正(1932-1992)
ヘッド長30.7cm、全長84.5cm、フィンガー長15.5cm。
ブレードは銀杏形、特殊鋼ピッケル。シャフト上部に所有者によるAPRIL 1964の署名がある。隊長だったチャムラン峰遠征が1962年であるから、中野氏は遠征後にこれを求めたのであろうか。重厚な感じのする手入れの行き届いたピッケルである。
1929年、当時学生であった和久田弘一会員が門田直馬に作らせたアイゼンが好評であったことから、今度はピッケルをニッケル・クロム・モリブデン鋼で作らせたのが始まりである。以来、門田は3代にわたり1986年の廃業まで60年近くピッケルとアイゼンを作り続け、北大山岳部員には忘れられない鍛冶職人。
ブレードは銀杏形、特殊鋼ピッケル。シャフト上部に所有者によるAPRIL 1964の署名がある。隊長だったチャムラン峰遠征が1962年であるから、中野氏は遠征後にこれを求めたのであろうか。重厚な感じのする手入れの行き届いたピッケルである。
1929年、当時学生であった和久田弘一会員が門田直馬に作らせたアイゼンが好評であったことから、今度はピッケルをニッケル・クロム・モリブデン鋼で作らせたのが始まりである。以来、門田は3代にわたり1986年の廃業まで60年近くピッケルとアイゼンを作り続け、北大山岳部員には忘れられない鍛冶職人。
【参考】門田のピッケルについてはこちらのサイトが詳しい.
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