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発行日時
2024-3-27 2:57
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日高山脈主稜全山縦走(芽室岳〜楽古岳〜襟裳岬)
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日高山脈主稜全山縦走(芽室岳〜楽古岳〜襟裳岬)(積雪期ピークハント/縦走/日高山脈)日程:2024-03-06〜2024-03-24メンバー: Nakagawa2019コースタイム:写真:装備たち火ってのは素晴らしい自分探しの旅に終わりはない初見パートへ入る15日目に恵んでいただいた食料たち。なんという僥倖。カムエクのお膝元でΩ5C18ロケーション重視のC16ピラトコミが素敵に見えるC6=C7靴幅山より神威岳1823峰ピークにて朝焼けのピリカヌプリガスが晴れると背後にカムエク好きな風景お決まりのやつ食料たち。人間これで19日間暮らせる。ずいぶん削られたカムエク北面が神々しい芽室岳より進む稜線を眺める17日目、最終ピーク靴幅リッジ暗闇を神威岳へ向かう奥に39も見えてきた神威岳より北望シュンベツ岳周辺の岩稜。かなりアカンかった。1807峰より降る。ドキドキ。さあ日高に入ろうC4より残照のエサオマンと幌尻カムイ〜エサオマンへの長い稜線ルベツネとペテガリ23とのコル付近は全力日高体操北トッタよりトッタベツと幌尻はじめてのカムエクトッタベツはひょこっとしてる雪崩れてもうたピリカより南望。左右の海が迫ってきた。朝焼けの似合う山C111940峰から長い核心部が始まるこいつに落ちまくるイグルー内にテントを張り停滞C10よりペテガリ岳ブロック積みに性格が出る1823峰より南望七つ沼カールと幌尻感想:はじめに私は昨シーズン3月、日高全山縦走中に遭難事故を起こしました。山岳救助隊の方々をはじめ、多くの人たちの尽力のおかげで九死に一生を得、幸いにも大きな後遺症なく今に至ります。また、私がこうして再び山に戻れたのは、精神的に支え、尚且つ刺激を与えてくれる北大山岳部関係者をはじめとした周りの人たちのおかげです。恐ろしい思いをさせてしまったにも関わらず、私の山登りに理解を示してくれる両親の存在も大きかったと感じています。今回、単独行というカタチにはなりましたが、決して1人では成し得なかった山行だったと思います。私を山に向かわせてくれた全てに感謝します。2024.03.06-24(17-2) 日高山脈主稜全山縦走燃え尽きて灰になったっていいんだだからもう一度、もう一度だけDay0(3/5)[曇り]帯広へ向かうバスから見る空は灰色だ。中札内に着いてもなんだかナーバス。ダメならまたくればいいと言う人もいるが、モチベーション的に今回、というか明日がラストチャンスであることは自分が一番よくわかっている。止めるなら今だとも思うが、やるなら今しかないというのも確かだ。入山してしまえばなんとかなると信じて寝る。Day1(3/6)[晴]除雪終点(5:00)尾根末端(8:00)尾根頭(15:50)=C1今回始点を日勝峠にしようかとも思ったが、やはり平らなところからゆっくりと山に入って行きたかったので芽室岳からにした。除雪は思ったより手前で終わっている。そして一歩目から脛ラッセル。ズッと沈むたび20日分の荷物にのしかかられる。時間はあるので焦りはないが苦しい。何度も吠える。尾根に取り付いても状況変わらず、最後は空身ラッセルも敢行。どうにか主稜線に出たところのカンバパヤパヤ帯でC1。初日からなんかガスストーブの調子悪いし、乾かしてた手ぬぐいが炎上し慌ててテントから投げ出す一幕もあり。ドタバタ珍道中のはじまりはじまり。Day2(3/7)[晴→曇→雪]C1(5:20)芽室岳(5:40)雪盛山(10:30)ルベシベ分岐(13:30)1696手前コル(15:00)=C2朝起きたらストーブの火をつける前にシュラフカバーをひっくり返し内側の結露をコッヘルで剥ぎ取る。丁寧な暮らしってやつだ。冷えた空気の中を芽室岳に登り、これから進む果てしなき山稜を眺める。山に入った。もう大丈夫だ。芽室以降ずっとズボズボ。稜線の地味さも相まって楽しくはない。今日も何度も吠えた。この2日間まるで修行のようだと気付く。山岳信仰ってやつだろうか。Day3(3/8)[晴→曇り]C2(5:00)ピパイロ分岐(9:30)1940峰(11:00)北トッタベツ岳(14:00)トッタベツ岳(15:45)1803西コル(16:30)=C3ピパイロ分岐直下まで相変わらずのズボズボ。ラッセルに励む。分岐から足はアイゼン手は片手ストック片手ピッケルの山野井スタイル。1940峰直下は突然傾斜60度のガチガチ氷雪壁となり恐怖する。これはロープ付けてダブルアックスでやるもんだ。1940先の岩場は、前回は日高側を捲いたが最近のコンディションでは雪崩そうなので極力上を行く。そこを越えればしばらくは締まった快適な稜線となる。去年墓穴を掘った場所を通過するときはゾッと寒気を感じた。二週間前に来たときはカチカチで滑落を恐れた中間ポコの捲きは、雪がもっさりで腰まで埋まり今回は雪崩が怖かった。ヨレヨレになってメインで目をつけておいたC3に入る。何はともあれ去年の自分は超えた。Day4(3/9)[晴→曇り]C3(5:30)カムイ岳(11:00)エサオマントッタベツ岳(16:15)札内JP(17:00)=C4朝起き上がるのが辛いほど体幹がヨレている。朝一歩目から膝ラッセル。やばい予感がする。二週間前にアイゼンで駆け抜けた稜線とはとても思えない。しかも気温が上がってくると稜線上のシュルンドにズドンズドンとハマる。リアルに胸くらいまで落ちるので脚怖いし心臓にもよくない。もうここで泊まってしまおうという場面が何度もあったがギリギリ耐えに耐えて前進を続ける。エサオマンへの急な登りに差し掛かるとようやく硬くなり、疲れた体に鞭打って札内JPまで行きC4。夕焼けに染まる北日高がご褒美だ。Day5(3/10)[晴→曇り]C4(5:30)ナメワッカ分岐(7:30)シュンベツ岳(9:00)1917峰(11:30)カムエク手前コル(14:30)=Ω5いよいよ初見の稜線に入る。ナメワッカ分岐までは広く、アイゼンを快適に軋ませ歩く。分岐からシュンベツ岳までが厳つい岩稜となっており今山行で最もテクニカルなセクションだった。グローブで岩を保持したり前爪を丁寧に岩の突起に置いたりして慎重に進む。この重荷で息の詰まるようなムーブをすると全身がパンプし、しばらくゼーハーしないと回復せず大変だ。シュンベツ岳から1917峰までも岩稜だがこちらは岩の迷路といった感じで幾分マイルド。楽しくルーファイし進んでいく。1917峰からの下りは急でよく分からずひたすらバックステップで降りていく。カムエク手前のコルに良い吹き溜まりがありイグルーを掘る。今日は終日EPでの行動となり前爪を蹴り込みすぎて膝が痛くなってしまった。Day6(3/11)[ガス→雪]Ω5(5:00)カムイエクウチカウシ山(6:00)1807峰(8:30)八の沢右岸尾根Co1700(9:00)=C6昼から低気圧が接近するらしい。前面で天気が持っているうちにカムエクだけでも乗越そうと出る。明日は停滞日にするつもりだ。まだまだ続く長い道のりを考えるとカムエクを越せてるかどうかで心理的にかなり異なり、停滞の質が左右されそうなので覚悟を決める。とりあえずピラミッドとのコルまではなんとしても行かねば。Ω出ると視界100気にならない風。上部は白く躊躇するがこれまで積み重ねてきたものを信じラインを越える。ピークはガスガスビュービューですぐさま退散。まさかはじめてのカムエクが全山になるとは。地図コンパス勘を頼りにピラミッド方向へ降りていく。絶対にミスが許されないので緊張する局面だ。ビンゴ。理不尽な斜度でそそり立つピラミッド峰を凍ったまつ毛を引っこ抜きながらがむしゃらに登って降りる。まだ天気は持っている。集中力は最高潮だ。1807峰への登りもナイフリッジなどあり風に煽られないよう進む。1807峰より八の沢右岸尾根をCo1700まで降ろしてブロック積みC6。短いが今日できる最大限のことはした。ずっと言ってみたかったセリフをもう言っても良いだろう。夜はとっても寒エク。Day7(3/12)[雪]C6=C7ザーザーと雪が降り続く。3回除雪に出た。くたびれてきた装備と身体のメンテナンスをし1日を過ごす。停滞日は粗食でつらい。ふと腹をさすると、自分のものとは思えぬほどペラペラでビビった。Day8(3/13)[ガス→晴]C7(5:15)1807峰(5:40)1823峰(11:45)南東コル(12:30)=Ω8明日はガス濃く、明るくなってから出発。50cmほど積雪あったようで1807峰までもすごいラッセル。このドカ雪にこのあとしばらく悩まされることになる。主稜線に出ると視界100くらいありルーファイ可能なので進む。1807峰からの岩稜帯は捲くと雪崩リスク高そうで、降り切るまで緊張感のある行動が続いた。コルまで降りるとズボズボ地獄。スノーシューにしてもズボズボ。天気も悪いのでテンションは上がらない。雪庇が大きく張り出しているのでカンバジャングルに突入し捲いて行くが埋まるし荷物引っかかるしでストレスフル。極めつけはピッケル突き刺した瞬間、目の前で雪崩発生。規模は小さいしブッシュに捕まってたのでセーフだった。雪庇が向こう側に落ちていく図ばかりイメージしていたのに、まさかのこっちに雪崩が落ちて来て面食らった。どうにかこうにか1823峰に着き一安心。ピークに着く頃にはガスも晴れ、カムエクや1839峰がよく見えて歓喜。ドカ雪が降ると稜線のコンディションは悪くなるけど山並みは白化粧して美しさを増しますな。ここからはRP区間なので少し気が楽だ。記念撮影しコルに降りていく。しかしこの下りから日射による昇温で雪の不安定感に拍車がかかった感じがする。一抹の不安を抱きながらコルまで降り、ピラトコミ分岐への登りを見るとやけに白くて急に見える。しばし行ったり来たりして逡巡し、結局ここで行動を打ち切ることに。場所が場所なのでイグルーを掘る。今日は第六感に忠実に行動できた自分を褒めてあげたい。Day9(3/14)[晴→ガス]Ω8(5:15)コイカク(9:00)夏尾根Co1550(9:15)=C9風の音が大きいがコイカクまでは進もうと意を決して出る。雪は昨日より安定して不安感は薄まった。コイカクの登りに差し掛かるとみるみる天候が悪化。視界50時折振られる風。目出帽オバテハンガロンのルーム最強装備でコイカク岩稜に取り付く。強風下での行動にはトラウマがあるが、通い慣れた場所なので突っ込めると判断する。ナナシの吹上げにボコボコにされながらなんとか登り切った。上にあがると風は弱まったが視界さらに悪化しほぼホワイトアウト。夏尾根頭のあの棒を見つけた時の安心感と言ったらもう。迷いなく逃げ込む。これを下り切っちゃえば楽になるのになとか考えてしまうがCo1550で踏みとどまりC9。単独での悪天行動は精神的消耗が激しく短時間でもドッと疲れがくる。気が緩んだのかテントポールを一本沢に流してしまい本山行一敗退が近づくが、たまたま30mくらい下で木に引っかかって止まった。まだ見放されてないみたいだ。なにはともあれ気持ち的には半分来た。明日からまた頑張るべや。Day10(3/15)[ガス→曇り→雪]C9(4:15)夏尾根頭(5:00)ヤオロマップ岳(8:00)1599峰(13:00)ルベツネ山手前1688南東尾根頭(16:45)=C10ラテルネで出る。頭に出ると風視界ともに昨日よりマシ。と言っても視界は100くらいか。たまにガスが飛んで視界が出るのでそこでガーっとルーファイして進むセンス。ヤオロピーク近くまで来るとガスが一気に晴れ、短い間だったが雪煙を巻き上げる1839峰が見えた。あの山にもいろいろとお世話になったので近くで挨拶できてよかった。ヤオロを乗越すと低気圧の前面か天候が一時回復。どデカい雪庇の出た稜線を1599峰まで。リンゴ畑は1823峰手前の地獄みたいなのに比べればかわいいものだったが、もはや根本的な持久力が低下しているらしく終盤はひどいシャリバテ。過去に泊まった記録を見ていたので勝手に期待していた1688南東尾根頭にたどり着くが、あんまりパッとしない感じで結局氷混じりの斜面を開削して無理やり泊まる。あー疲れた。でも明日はいよいよペテガリだ。Day11(3/16)[晴→ガス→晴]C10(5:30)ルベツネ山(6:30)ペテガリ岳(10:00)1469(13:40)1314先北西尾根頭(15:15)=C11凍ったテントを起き出でて、朝焼けに染まる山並みを横目に歩き出す。身体中に血が巡り、ここでしか会えない強い自分が目を覚ます。山をやっていて良かったと思う瞬間だ。ペテガリ。様々な意味で日高の"核"を成す山だと思う。そして僕にとって一番大事な山だ。ピークからはどの方向を見ても様々な思い出が浮かぶ。強風の中のピークだったが来るのは今日が最後になるだろうと悟り、しばし感慨に耽った。まだ旅は続くが自分の中で大きな何かが終わった気がした。さて、気持ちを新たに南下を始めると一気に平均コンタが下がり南日高に来たなという感じだ。そしてズボズボだ。1573〜1469間が最悪で、細く大きな雪庇が出ているのでやむなく日高側を腰まで埋まりながら進む。天候も悪化して来て修行模様。その後徐々に天気回復したが中ノ岳を越える気力は無くペテガリの展望台のようなテンバでC11。Day12(3/17)[曇り→ガス]C11(4:00)中ノ岳(6:00)ニシュオマナイ岳(10:15)1224北西コル(11:15)=Ω12中ノ岳までは稜線広いので暗いうちから出る。ラッセルは相変わらずだが素直な稜線なので快調。小八剣やその後のニシュオマナイ岳までの細い稜線は手も足もこまめに換装して慎重に進む。ニシュオマナイ岳で低気圧に追いつかれガス。翌日にかけての悪天に備え1224北西コルでイグルー。時間あるので大きめに作って中にテントを張り、濡れ物を乾かした。超快適。Day13(3/18)[雪?]Ω12=Ω13シュラフからすらほとんど出ないのでよくわからないが天気図的には悪天だったんだろう。連日の緊張感&ラッセルで明らかに疲れが溜まっているので終日停滞。終盤戦に向け回復を図る。これから出番の増えそうなスノーシューの爪も研いでおく。残りの行程と物資を整理して作戦を練るがちょっと食料が心許ないか。ここまで来たんだ、不足分は身を削って凌ごう。Day14(3/19)[晴→曇り]Ω13(4:50)神威岳(7:40)靴幅山(10:40)ソエマツ東峰(14:10)=C14ついに2週間か。もはや山での生活が日常になっているので長いという感覚は無い。イグルーの出口はかなり埋まっていた。またラッセル増えたかと恐る恐る出るが、なんと停滞前より締まっており嬉しい。神威岳ピークに着くと、北は1839峰より先でガス、南は全見えという冬型お決まりのパターン。靴幅リッジはやじろべえとなり慎重に通過。神威岳は靴幅山から見るのが一番だと思う。ソエマツ岳の登りに差し掛かると次の低気圧に追いつかれたか今日も微妙な天気になりテンション下がる。そして足が痛い。ずっと耐えて来たがいよいよ本当に痛い。泣きそうになりながらソエマツピークに着き、以前泊まったことのある直下のチョロカンバ帯でC14。明日でカタがつきそうだ。焦らず大事に行こう。Day15(3/20)[快晴]C14(4:50)ピリカヌプリ(8:30)トヨニ岳(13:50)1254(15:00)=C15寒い夜だった。バリバリとテントを出ると、かすかに色づいた海に漁火が輝く。The Dayだ。ソエマツピリカ間は前来た時はあまり印象に残らなかったが、雪が豊富な今回は岩と雪庇がダイナミックな稜線を成しており素晴らしい雰囲気。息を切らしてピリカへ登り南を見れば、視界の左右に海、真ん中に楽古岳でいよいよここまで来たかという感じだ。ピリカ南面の急斜面をバックステップで下り、厄介な雪稜を処理すれば日高の核心は終わった。一息ついていると南の方からピリカアタックに向かう単独行者がやって来て、15日ぶりにヒトとの遭遇を果たす。どこから?と聞かれたので芽室岳からですと答えると握手を求められてしまった。照れますなあ。トヨニ岳への長い稜線を足の痛みに悶えながら進み、トヨニ先の少々面倒なナイフリッジと岩稜を処理した先1251にて、風をうまくかわせそうな地形がありC15とする。テンバ整備しているとさっきの方が戻って来て、なんと余った行動食をくださるという。すれ違った時からひそかにこの展開を期待していたのはここだけの秘密だ。ノンサポートにあんまりこだわりはないし、そもそも行動後の空腹絶頂期なので断るはずもなくありがたく受け取る。思った以上にいろいろ貰っちゃった。大事に食べます、と言ったのに持ち運ぶのも重いからと自分に言い訳して大消費祭。ここまで15日間同じものしか食べてなかったので不意に新しい味が入って来て体内がカーニバル状態だ。Day16(3/21)[ガス→曇り]C15(5:45)1268手前コル(6:30-10:30)野塚岳(13:10)オムシャヌプリ(16:00)オムシャヌプリ東峰先岩陰(16:30)=C16朝起きるも風の音が大きく二度寝。いまいち収まらないがここで停滞ってのもなと思い出発。しかし、ぼーっと歩き出してしばらくして気がついたのだが結構ヤバい風。振られまくってどうしようもないので適当なコルのカンバ帯に逃げ込みテントを張り時間待ち。貴重なカロリーを浪費してしまった感がすごい。まあクヨクヨしてても仕方ないのでシュラフにくるまり昼寝。起きると風収まってたので再び出発。が、歩き出して身体の異常に気付く。朝ふらついたのは風のせいだろうと思っていたが風がなくてもなんだかフラフラする。いくら行動食を食べても身体に力を込めることができない。登りは超スローペース、下りは踏ん張れずコケまくる始末。昨日まではなんだかんだやって来たが核心を超えた安心感でガクッとギアが落ちてしまったようだ。天馬街道が見えてしまうのも気持ちが削がれてよくない。とりあえず、もう多少ふらついても問題ないゾーンなのでピヨピヨになりながらも野塚岳とオムシャヌプリを乗越す。電波ないのでイマイチわからないがたぶん天候は安定してるだろうという楽観的観測、というか半ばヤケクソでロケーションのいい岩陰にテントをポンと置きC16。さて、考えるべきは明日からの行動だ。もはや身体は疲労を通り越し限界が近いのは明らか。ここまで来たんだから一般に日高全山の端点とされる楽古岳までは這ってでも行くとして、問題はその後。僕の中ではこの旅は襟裳岬まで行かないと終わらない。岬に行くには楽古岳からさらに稜線を1日分南下して猿留川林道に降りるのが一番合理的なラインだと思うし僕もそのつもりで来たのだが、もはやあと2日間山を歩けるとは思えなかった。というわけで、楽古岳で主稜線を離れ山を下り、あとは道路を歩いて本当の限界が来るまで岬を目指すことにした。そうと決まれば明日の最後の稜線行動に備えて夕飯を2日分かき込み寝る。Day17(3/22)[ガス→晴]C16(4:20)十勝岳(6:30)楽古岳(10:15-45)楽古山荘(14:00)=C17朝、垂れ流しているラジオから聞こえてきた欧陽菲菲"ラブイズオーバー"がバチ効きする。朝飯も2日分食べる。もう行くしかない。終わりにしようキリがないから。ガスガスで何が何だかよくわからないまま十勝岳ピーク。この山にも大事な思い出がある。ガス濃いし意外と稜線白いしで楽古方面への降り口がよくわからない。視界がないとどんどん弱気になる。身体が弱ると精神も弱るんだろう。稜線と空間の微妙なコントラストを探り、雪庇を踏み抜かないギリギリのラインを経験から弾き出して進む。楽古岳への登りにかかると今日も身体がストライキ発動。でもここまで来れば逃げ切れる。休み休み登って最後の絶頂へ。ピークに着く頃に一気にガスが飛び、まるで祝福されているようだった。背伸びしてもジャンプしても始点の芽室岳は見えないが、17日間一歩一歩刻み続けたトレースが果てしなく遠くまで続いていると思うと誇らしい。しばらくホゲホゲして主稜線に別れを告げ楽古山荘へ向かう。夏道尾根をツボと尻滑りで快調に降りていくが、今度はヒザの爆弾が起動。なんとか大爆発する前に山荘に辿り着きギリギリセーフだった。快適な山荘でストーブの炎を見つめ、本当に歩いちゃったんだなあとしみじみ思う。大きすぎてうまく捉えられなかった憧れが現実のものとなりつつあることに興奮し、寝付きの悪い夜だった。Day18(3/23)[晴]C17(4:00)道路(6:30)海(12:00)コトニ川河口(16:00)=C18満月に照らされた林道を歩く。「陽春橋」といういかにも暖かそうな名前の橋を渡ると道路に出て、足元から完全に雪がなくなった。擦り寄ってくる馬たちと戯れながら天馬街道を海へ。硬い路面と冬靴の相性が最悪でヒザが痛すぎるので思い切ってインナーブーツだけで歩いてみたら改善された。様似の集落を過ぎ、コトニ川の河口にいろいろと素晴らしい適地を発見しC18。海に沈む夕陽を眺めながら焚き火でいろんなものを燃やし、波の音を枕にごろ寝。日高全山を思い立った時から夢想していた最後の夜、そのものだった。Day19(3/24)[晴]C18(5:30)襟裳岬(15:00)車に轢かれそうなので十分明るくなってから歩き出す。足の負担を少しは軽減できるかと、インナーブーツの上からテントシューズを履いてみた。見てくれは最悪でアホ丸出しだが僕は本気だ。最後に残った非常食のα米2袋を大事に食べながら岬へ。陸地が、日高山脈が海に沈んでいる。自分の中に区切りをつけるには十分すぎる光景だ。分かっちゃいたが、感動や達成感は特に無い。暖かい解放感と一番見たい笑顔がそこにあった。
 
 
 
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