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13.ハイランド 辻村伊助(つじむらいすけ)/1930/梓書房/255頁


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函と表紙
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上条嘉門治
上条嘉門治


辻村伊助(1887-1923) 園芸家、登山家、紀行作家
 神奈川県小田原に生れる。少年の頃から箱根の山々を歩き、19歳の時、日本山岳会会員となる。第1高校を経て、1912(明治45)年、東大農芸化学科卒業、在学中に北アルプスのめぼしい峰々のほとんどに足跡を印した。1910(明治43)年、大町から高瀬川を遡行、水俣から東鎌を越えて上高地へ出るなど、意欲的な登山を行い、1911(明治44)年4月には登山者としてはじめて積雪期の上高地へ入山した。1913(大正2)年秋から翌年10月まで、スイスを中心にヨーロッパを周遊する。旅行中の1914年8月、友人及びガイド2人と登ったスイス・アルプスのグロース・シュレックホルン(4078m)で雪崩に巻き込まれて遭難、全員が九死に一生を得る。治療のため1ヵ月半の病院生活の送り、その後スイス婦人と結婚し帰国する。1923(大正12)年、関東大震災の際、決壊した上流の貯水池の泥流に埋まり、夫人、子供3人共々一家全員が遭難死した。地理・地質学者で登山家の辻村太郎(1890-1983)は、伊助の従弟。

内容
 辻村伊助の紀行を友人らがまとめて、「スウィス日記」と同時に刊行された遺稿集。小島烏水が巻頭に「解題」を、伊助の従弟で地理・地質学者で登山家の辻村太郎が「短く美しかった故人の生涯」を、友人でスイス・アルプスを共に旅した近藤茂吉が「亡友『辻』」を寄稿している。
 前半の「ハイランド」は、「スウィス日記」に描かれたユングフラウ、メンヒの登山を終えた1914(大正3)年6月、スコットランド北部山岳地帯(ハイランド)を旅した紀行をまとめたものである。ロンドンからアバディーンへ、ネス湖を渡ってペン・ネビィスを訪れ、歌で有名なロッホ・ローモントを通り、ペン・ローモントを登るところで終わっている。「スウィス日記」と同じく気象、風景、樹相、人々などの細やかな観察が見られて楽しい紀行文となっている。
 後半は、日本の山旅を扱っている。1909(明治42)年7月、上高地から槍、双六、鷲羽、烏帽子岳を経て大町へ下ったパイオニア的記録は、「飛騨山脈の縦走」に収められている。1910(明治43)年7月、高瀬川から水俣乗越しを越えて槍沢を下った「高瀬入り」、案内記「神河内と常念山脈」、北アルプスの山行を共にした名ガイド上条嘉門治を追憶する「上条嘉門治を憶ふ」などが収められている。「スウィス日記」と同様、ここでも著者の写真29葉が挿入されており、いずれも葉のそよぎや川の流れが聞こえてくるようで素晴らしい。文章も「スウィス日記」同様に、ソフトなタッチで読みやすで。

山岳館所有の関連蔵書
スウィス日記 辻村伊助/1930/梓書房
山 辻村太郎/1940/岩波書店
 
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