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22.ヒマラヤの旅 長谷川伝次郎(はせがわでんじろう)/1932/中央公論社/


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表紙
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カイラス略図
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パンチチェリの山稜で憩う長谷川と友人のマサジー
パンチチェリの山稜で憩う長谷川と友人のマサジー
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ゲンボル尾根からナンガ・パルバット南面,右方遥かにカラコルム連峰見ゆ
ゲンボル尾根からナンガ・パルバット南面,右方遥かにカラコルム連峰見ゆ


長谷川伝次郎(1894-1982) 古美術研究家、登山家
 東京に生まれる。生家は江戸中期から続く日本橋小伝馬町の老舗タンス店。東京高師付属中学に学び、大関久五郎の薫陶を受け、中部山岳に登る。中学卒業後は家業を継いだが、関東大震災(1923年)で店が焼失したのを期に廃業し、兄弟三人で北海道に渡り、鶴居村で牧場経営を始めた。1925(大正14)年、少年時代から心惹かれていた東洋古美術研究のため、仕事を末弟に任せインドへ渡る。インドでは詩人タゴールが経営するビスワバラライ大学芸術科に入学し、古美術研究に没頭し、またインド全域にわたって民族探索の旅を続けた。1927年5月には中部ヒマラヤを横断してカイラス巡礼へ、1928年にはカシミールとナンガ・パルバット周辺を巡る旅を行った。この三つの紀行が本書に収められている。,br>  4年間のインド・ヒマラヤの旅を終えて帰国した長谷川は、写真とスキーを友として日本の山を歩き続けた。第2次大戦前は、国の命により京都の国宝の仏像を写真に納めた。

内容
 「ヒマラヤの旅」は、1932(昭和7)年、中央公論社より発行された。布張表紙、大きさ23×31cm、2000部限定、定価12円の豪華本で、序は槙有恒が寄稿している。三つの紀行からなる「ヒマラヤの旅」、201葉の写真を収めた「写真集」、追録として三田幸夫「ダージリンを中心とする山旅」と木暮理太郎「ヒマラヤ雑記」が載せられている。

 「カイラス巡礼」は、1927(昭和2)年1月友人マサジーとともに、ヒマラヤ山脈を越えてカイラスを訪ねる旅である。日本人がヒマラヤ越えをしてカイラスを訪ねる旅は、ネパールからチベットへ入った1900(明治33)年の河口慧海以来であった。5月7日タナクプールで汽車を降りた2人は、カリ河沿いにチベット国境に向かい、現地の人々の助けを借りながら、苦難のキャラバンの末にチベット国境のリプレク峠(5500m)を越える。

 「狭い岩の間の峠には、二・三間の高さの積石があり、上に樹枝を立て、枝に結び付けられた赤、白、黄の布片と羊毛が、風に翻って居た。これぞインド、ネパール、チベット三国の国境である。・・・・・今までと異なったあたらしい景色が展開した。これまで通過して来たヒマラヤ主脈や、ザスカル山脈の峨々として麓に森林や鮮緑の草地を持つ優雅な景色に引替へ、これはどこまでも悠久な景色だ。」

 そして平原にどっしりと聳えるグリルマンダータに感動する。チベット入りしてからは無事カイラス一周を果たし、8月10日、3ヶ月ぶりにインドの土を踏む。この紀行では、インド、チベットの大自然を写実的に描くとともに、原住民の生活を細やかに見つめ、その習俗がありのままに報告されている。翌1928(昭和3)年1月、単身でインド南部とカシミールの旅に出る。5月にカシミールへ入り、スリナガール、バクンに滞在した後、ナンガ・パルバット観望に出発する。現地で鍛冶屋に作らせたピッケルを手に、氷河を登り、岩尾根を攀じ、ゲンボル尾根(20,000呎)に立って、ナンガ・パルバットの壮観に接した時の感動をキャラバン途中から三田幸夫に送った書簡に記す。

 「三田兄 八月一日に久しく滞在していたバワンを出発して、パハルガムから大ヒマラヤ山脈に沿うて西北に進み、数多の峠を通過してとうとうナンガ・パルバットのすぐ南の二万七百三十呎のルッパルに続く、誰も登ったことの無い尾根の二萬呎の所まで登って今帰り道だ。素敵に愉快な旅行だった。」

 現在見てもその迫力に圧倒される山の写真、山の人々の優しい表情や静かな町の風景写真が、当時の日本の若い岳人たちのヒマラヤ熱をいっそう高めたことは疑いないであろう。昭和初期の山の会会員達から山岳館へ寄贈される図書の中に、本書が含まれていることが多いのはそのことを物語る。

山岳館所有の関連蔵書
西蔵旅行記(上)(下)/河口慧海/1904/博文館
ナンガ・パルバット エーデルワイス叢書/ ヘルリッヒコッファ、K/1954/朋文堂
北海道大学西ネパール遠征隊報告書/1964/北大山岳部・山の会
ナンガ・パルバート登攀史 ヒマラヤ名著全集8/バウアー、P/1969/あかね書房
ナンガ・パルバット回想/ヘルリッヒコッファ、K/1984/ベースボールマガジン
河口慧海日記 ヒマラヤ・チベットの旅/河口慧海/奥山直司編/2007/講談社文庫
 
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