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95ブニ-ゾム峰西面-West face of Buni-Zom »

医療報告(本多和茂)

Contents

  1. 基本方針
  2. 実際の経過
  3. 総括
  4. 参考図書


1. 基本方針

 今回の登山隊は、医師が参加しない隊であることを踏まえたうえで、以下の項目を柱とし、隊員の健康管理を考えることにした。

a)高山病対策

 高山病に対するパーティの共通の認識を持つため、起こりうる高所での症状とその対処方法ついて、登山の医学1)、高所医学2)、高みをめざせ/高所への挑戦の物語3)を参考にまとめ各自に出発前に目を通してもらった。また実際の高度障害について、遠征経験のある医師から話しを聞き、知識を深めるよう努めた。高山病の対処は、投薬ではなく、高度を下げることを基本とした。
 高山病について医療担当がまとめた項目は、高度馴化についておよび急性登山病(やや高所)、高所肺水腫(高所)、高所脳浮腫、高所網膜出血(極めて高所)についてである。
 また、高所での活動では平地以上に、体内の水分を必要とすることがわかっており、その対策として、行動中は各自水筒を携帯し、休憩の際など常に水分を補給するよう努めた。特に今回は、医師のアドバイスと大塚製薬の御協力により、速やかに体内に吸収されるスポーツドリンク「ポカリスウェット」を多用し水分の補給に務めた。また高所での食事は、一般に塩分を控えることとされているが、これについては、各自の好みの問題もあり、特に意識して対策はとらなかった。

b)その他の病気の対策
 考えられる病気について(特に下痢)、遠征経験のある医師と相談し、その症状と対処方法について教わった。

c)事前の対策
 遠征出発前に、各自精密検査を行った。また、予防接種はA型肝炎(乾燥ワクチン:チバ)、破傷風について行った。

d)薬品、医療器具リストの作成と、梱包および使用法の検討
 実際に登山隊に参加したことのある医師との共同作業で行った。尚実際に携行した薬品および医療器具のリストを表1に示した。これらの薬品、医療器具を2パック用意し、各々のパックをさらに、腹痛・下痢・胃腸薬、頭痛等高所関係、外傷関係の3つに分け、その場に応じて隊員が使用を誤ることのないよう配慮した。またさらに、個人で頻繁に使用すると考えられる下痢止め、虫刺され、外傷、高所での頭痛などの薬品は、上記の薬品パックとは別に個人用薬品として人数分用意し各自が携行した。このリストは表2に示した。一方、今回ちょっとした試みとして、スポーツ選手らに用いられる鼻孔拡張テープを携行した。これは、鼻孔を広げることにより酸素吸入量をアップし運動能力を高める効果を期待したもので、今回の登山隊では高所において実際に使用しその効果を検討してみることとした。

e)実際の隊員の健康管理
 高所に入ってからは、異常を事前に発見するため、健康チェックリストを作成し、各自が健康管理に努めるよう指導した。

・健康チェックリストの項目
体温、脈拍、呼吸数、尿・便回数、食欲の有無、睡眠、疲労(回復)、浮腫の有無。
 また今回は、パルスオキシメーター: 動脈血酸素飽和度測定装置(ミノルタ製PULSOX-5)を携行しSpO2(動脈血中酸素飽和度)を随時測定し、各自の健康管理および高所順応に役立てる試みを行った。

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2.実際の経過

〜ニューデリーからB.C.まで〜
 生水を禁止し、のどの渇きは、お茶やミネラルウォーターで補った。また外食の際は、生野菜等、火の通ってないものは自粛するよう心がけた。しかし、やはり風土の違う異国の地、気を付けてはいてもやはり多かれ少なかれ下痢の症状を訴える隊員はいた。ビオフェルミン、フェロベリンAを使用。この下痢はこの後も期間を通じて良くなったり再発したりの繰り返しであった。幸い高熱を伴う悪性の細菌による下痢と思われるものは発生しなかった。
 また移動中、ロータン・パス(3978m)、バララチャ・ラ(4891m)、タグラン・ラ(5300m)といった標高の高い峠越えがあり、また途中滞在する町もマナリ(1830m)、ジスパ(3142m)、レー(3500m)と高所であり計画段階から高度障害に対する心配が指摘されていた。実際、この高所に伴う不調を訴える隊員がでた。以下にその経過を記す。

7月20日、マナリからロータンパスを越えジスパに入る。夕食時、小倉が食欲不振と頭痛を訴える。PLとセデスを投与、充分な水分補給をし休養するように指示する。その後小倉は回復し特に症状の悪化はみられなかった。
7月21日、レー到着、夕方、野入が頭痛を訴える。疲れもありPL、セデス投与。
7月22日、レー到着の次の日の朝、野入が不調で起きられず、PL、セデス投与し夕方回復。この日は、高所順応をかねた休養日で各自少し外を歩いて順応をしようという日であったが、回復後行動した野入は、かえってそれがオーバーワークになったかホテルに帰着後、再び頭痛を訴え寝込む。食欲もなく体力の消耗が危惧されたため、PL、セデスを投与し、とにかくお茶、フルーツジュース等飲み物で水分と栄養の補給をするよう指示した。次の日も野入は不調を訴え寝込んでいたがこのときパルスオキシメーターのSpO2の値は50前後と低く、明らかに高度障害と思われた。
7月24日、レーからカルギルへの移動。この間は標高がどんどん低くなる移動であるため野入の体調の回復が期待された。案の定、この移動中に彼の体調は回復し食欲も回復していった。

〜登山期間中〜
 この登山期間中、7月28日から各自パルスオキシメーターにより脈拍数、SpO2の値を記録してもらい体調管理に役立てることとした。測定は、最もそのときの体調を反映したデーターが得られるとされる4)起床後まもない時間帯に、シュラフに入ったままの臥位の状態で行った。本期間中のこれらの値の推移を図1および図2に示した。この結果から脈拍数については、個人差はみられるものの、全体としてはB.C.休養時には少なく、高所滞在時には多くなる傾向がみられた。またSpO2の値については、滞在する高度との関連がより顕著であった。すなはち高所滞在中はSpO2の値は低くなり、B.C.に近づくにつれこの値は高くなった。
 以上の結果をふまえ実際の行動の経過および気づいた点を以下に示す。

  • 登山期間中多かれ少なかれ隊員は頭痛を訴えたが、この頭痛を抑えるのにセデスは非常に効果が高かった。
  • 登山期間前半、本多は他の隊員よりSpO2の値が低く、特に8月4日、それまでの荷上げルート工作等で疲れもあり風邪気味であった。また8月5日、B.C.休養日1日目の朝は、顔がむくむ浮腫の症状が現れた。そのため利尿剤であるラシックスを投与した。その後、休養期間中に直ちにこの症状は改善され、それと平行するようにSpO2の値は上昇していっている。このことからこのSpO2の値は、高所順応の程度や体調を非常に良く反映していたと思われる。一方、幸いにして他の隊員については、対処を必要とされるような重度の高度障害は期間を通じてみられなかった。
  • また、全体的にみると、C2建設後のB.C.での休養を境に、全体員にSpO2の上昇がみられ、一方C3建設とC3入り、つまり6000mを境に再びSpO2の低下がみられた。またアタック成功後下山に伴いSpO2の値は上昇し、最終的にB.C.に着いた時点での値はおよそ一ヶ月前B.C.入りした時に比べSpO2の値は全ての隊員において高くなった。このことからこのSpO2の値は、滞在した標高と顕著な関連をもち、またB.C.入りした日よりもB.C.に帰ってきたときのSpO2の値が高いことから、その高所への順応を如実に反映しているものと思われた。
  • また、鼻孔拡張テープについては、数人の隊員が行動中に使用してみたが、慣れないためか装着していると非常にうっとうしく、汗をかくことによりいつのまにかはがれてなくなっていた。そのため高所順応あるいは高所での行動への効果は把握できなかった。

〜下山から帰国まで〜

 登山活動中、特に大きな怪我もなく、全員無事に下山した。
 下山後は、全員登頂の喜びからか、立ち寄った町々で暴飲暴食をしたため、食べ過ぎによる腹痛をおこすものが目立った。症状がひどい場合には前出の薬の他にロペミンも投与した。
 特に野入は、下山後の移動中にも不調を訴えることが多く、何度か嘔吐していた。長い遠征での緊張や疲れもあったのであろう。幸いここでも高熱を伴って長期にわたり苦しむ悪性の細菌による下痢はみられなかった。

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3.総括


1)健康管理について
 インド入国後、隊員全員が、下痢をした。これは日本との食生活の違い、あるいは良く言われることだが、水の違いで、ある程度は避けようがないと考えられる(いくら生物、生水を口にしないとしても)。ただこの症状が、悪化したり長期化すると、やはり消耗であり、それを軽減するために、薬品は必携であろう。一方、細菌性の下痢や病気は、かかるとやっかいであり、そのためには今回行ったような、事前の予防接種や、細心の注意は必要であろう。

2)高所での体調管理について
 また、高所での健康管理は、実際悪くなったら高度を下げるのが、一番の薬である。ただ非常に難しいのは、順化するペースが、隊員各自異なり、また経験がないとなかなか自分自身の体調も把握しにくいことではないかと考えられた。
 今回の遠征では、比較的早い段階(デリーからB.C.への移動中)で、小倉、野入の二人はそれぞれ高度障害と思われる症状を訴えた。その後、B.C.入りして登山期間中は、本多が浮腫の症状がみられたぐらいで、隊全体としては大きく登山計画を遅らせるような高度障害はみられなかった。今回、本遠征が登頂までスムーズに計画が遂行されていった背景には、こうした早い段階での高度障害の発現と、移動中の低所から高所そしてまた低所といった峠越えのアプローチにより、各人の高度順化がB.C.に入るまである程度行われていったことがあると考えられる。
 また、高度障害に伴う頭痛あるいは浮腫に対する薬品での対処については、それぞれ効果がみられる薬品があり、医師のアドバイスを受けた上で適切な使用をしていくことは高所へ遠征する上で重要であると思われた。高度障害の予防薬はなく、もちろん順化が一番であることは間違いがなく、効果があるとされているアセタゾラミド、ラシックスといった利尿剤は今回のように補助的に用いるのが良いと思われる(長期使用による副作用や薬効の個人差の判断の難しさから)。実際、本多は長期の浮腫に対して一度服用したが、服用後の効果はきわめて良好であった。
 今回、実際に携行しその活用を試みたパルスオキシメーターは、前述の通り、そのときの体調や高所順応の程度を知る良い手がかりとなり、遠征に際して大きな効果を発揮するものと思われた。ただ高所では、パーティが別々のテントに寝泊まりする事がありパーティに1つしかない場合、起床後の受け渡し等の煩雑さを伴うため、今後より小型軽量で(今回携行したのは0.67kg)価格的にも手に入りやすいパルスオキシメータが開発され、将来は1人1人の個人装備となることが望ましいと考えられた。
 また実際各個人のこのパルスオキシメーターによるSpO2の値の変化について、山本、神尾らは、個人内の体調変化を捉えることには有効だが、個人間での体調の優劣を捉えることができるかどうかについては明確ではないと指摘している5)。このことに関して、今回の遠征では確かに前者の個人内ではその体調変化が把握できるものの、個人間に対してはやはり隊員ごとに個人差があり、この差異をどう評価するかは、まだまだ検討の余地があると思われた。ただ、本遠征隊の隊員1人1人の、この高所での経験は、またさらなる遠征を行う際、なんらかの検討材料となることを期待したい。
 最後に鼻孔拡張テープについてだが、これは前述の通り実際の使用にあたり問題点が多く、事前の計画段階で、装着の不快感やその使い勝手について、実際に使用してみるなどの検討がまず必要であったであろう。また、事前の検討をしっかり行った上で、実際高所での使用の効果を検討し、睡眠中の使用なども含めて、その効果についての実際のデーターを蓄積していくことが今後の課題となろう。

3)遠征に持参した薬品およびその使用、梱包について
 個々の持参した薬品のおおよその使用量と使用して気づいた点などを、表1および表2に付記した。このように今回の登山では、腹痛下痢関係と高所での頭痛薬を多く使用した。幸い外傷に関しては、靴擦れと軽い擦り傷程度であった。
 今回の薬品は表の内容で1パック1.25kgであったが、その必要量については、有事の際を考えるとこのぐらいあってもいいのではないだろうか。

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4.参考図書

  1. 登山の医学 J.A. ウィルカーソン
  2. 高所医学 マイケル・ウォード
  3. 高みをめざせ/高所への挑戦の物語 チャールズ・S・ハウストン(岩と雪連載)
  4. 第6回北海道海外登山研究会参考資料 北海道海外登山研究会
  5. カンチェンジュンガ無酸素登山報告書 ガイア・アルパインクラブ

 
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