澤田 実
夜9時にみんなも宿に帰ってきた。ハバロフスクに残された小杉さん、銭谷と僕の3人は9時まで自由時間で、それから宿で飲もうという話しをしていた。しかし、銭谷が街で買った地図をみせて、実はアムール川が近いからこれから夕陽を見に行こうという。アムール川なんて実に大陸的な響きがあり僕の旅情をくすぐるものがあった。3人の意見は一致し、アムール川に向かった。
ハバロフスクのバザー
夕方のアムール川は心地よい涼しい風が吹き、流れているとは思えない広い水面が雲から顔を出す太陽の光を反射させている。そこは胸ぐらいの高さの防波堤があり、その外は公園になっていてアベッックや若者グループが思い思いに楽しんでいる。内側は砂利浜で遊覧船がいくつかとまっていた。河を見ているうち遊覧船に乗ってみようという話になり、どうにかチケットを買い求め、その日の最終遊覧船に乗った。乗客は若者ばかりで奇声をあげながら先を争って乗ろうとする。何だろうと思いながら船内に入ると、いきなり正面にピンクの文字の「BAR」という看板が目に飛び込んできた。周りには色とりどりのライトや飾りがつけてある。この船は二階建になっていて、二階は後ろ半分に屋根、壁のない観覧席になっているが、一階はどうもディスコのようである。僕らは驚き半分呆れ半分で二階に上がり、席を取った。二階に来る人はあまりいない。船が動き始めるとディスコが始まった。ビートを刻む音が低く足元から響いてくる。
しばらく動く船の風にあたりながら川面を見ていると、年は高校生ぐらいか、4人組の男が声をかけてきた。そのうちの一人は妙に人懐こく、僕らに酒を飲めと持っていたナポレオンを勧めてくる。僕は初め警戒したが、次第に慣れてきてお酒をいただいた。酔っ払いの彼とほろ酔いの僕らは、ロシア語と日本語でどうにかこうにかありきたりの話をしていた。やがて彼は、女をつかまえなきゃいけないということを言ってきた。ロシア語は全くわからなかったが、彼が「見てろ」といって両手で胸の形を表現し、内股で尻をふって歩いてみせたことで僕らは了解した。彼はいいアクターだった。そして、「待ってろ」と僕らに言うと一階に降りていった。しばらくして背の高い細身の女の子が上がってきて、僕らの横に座った。どうも彼が呼んだらしい。彼女も酔っているのか、ニコニコしながらロシア語で話しかけてくる。僕らがお互い日本語で話すと「日本語はダメ」と笑いながら怒る。また彼が戻ってきた。今度は踊りに行こうという。「よし」酔いもまわってきていい気分になっていた僕らは、彼について下に降りた。
下では所狭しと若者が踊っていた。ロシアの若者のパワーはこんなところで爆発していたのだ。アップテンポの曲に合わせて、皆好きなように身体を揺らしている。踊り始めれば誰でも友達である。周りの5、6人と輪をつくるようにして踊ったが、誰の目を見ても笑顔が返ってくる。僕も久々に汗を流して楽しんだ。やがてスローバラードが流れだした。周りの人達はそれぞれに男女でペアを作り、一転して静かに踊り始める。すると彼が「女をつかまえろ、ほらあそこに空いている女がいる。」と、一人でいる女を指差し、僕の肩を押した。僕はよく分からないままに、そんなものかと思って女の子の前に行き「バヂャールスタ」と声をかけた。すると女の子は僕が外国人であることに気づいたらしく、どうしようといった感じで笑いながらためらっていたが、すぐ手をつないで踊ってくれた。彼女は小柄で笑顔の可愛い子だった。名前を名乗ってくれたが、残念なことに忘れてしまった。
アップテンポな曲が3、4曲続くとまたスローバラードになる。気が大きくなっていた僕は意気込んで、今度は進んで声をかけた。色の白い、少しポッチャリした感じの女の子だった。「バヂャールスタ」。すると彼女はニコッと笑っただけで何も言わず、僕の胸に入ってきた。さっきは手をつないだだけなのに、今度は身体をくっつけてくるではないか。僕はこんな踊りしたことがない。しかしどうにか彼女の腰と肩に手を回し、ペースを合わせた。しばらくして気づくと彼女はじっとこっちを見ているではないか。僕がいい気になって見つめ返すと、見つめ返してきて目をそらさない。急に鼓動が高まり、僕はどういしていいのか分からなくなった。すごく緊張して、それ以来彼女の目を見れない。こんなときの男はどうしたらいいのか。僕が心の中で必至に汗をかいている間に、曲は終わり、彼女は挨拶もなしにスッと行ってしまった。僕はいろんな意味で後悔し、自分が恥ずかしかった。
間も無く、船は岸に着いた。もう十二時になっていた。乗船所から離れると人気が無くなる。三人でとんだハプニングだったと話しながら大通りまでトボトボ歩いた。静かな薄明るい大都市ハバロフスクの夜だった。
アムール川に日は落ちて:ハバロフスクの夜 |
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