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92カムチャツカ第二次遠征 »

渉外

小倉


I エージェント

 ロシア旅行のビザを取得するには、ロシア側に受入団体を見つけてそこからの招待状を得なければならない。現在、カムチャツカには観光や山登りを目的とする外国人を扱う会社がいくつかあり、それらが受入団体となってカムチャツカ旅行のコースや宿泊などのアレンジをしている。

 前回の遠征隊(91年)はその中の最大手である Kamchat intour を利用しているが、今回は学生中心の隊で予算をなるべく安くおさえたいという希望から、Kamchat intour と 前回の遠征で知り合ったガイドが所属するKamchatka adventures の二社を選び、こちらの希望に合ったプランを示してくれるほうを選ぶこととなった。こちらの希望は、

  • スレディニー山脈のイチンスキーとハンガール、クロノツキーの登頂
  • 隊員数10名
  • 期間は5月下旬から6月下旬の約1ヶ月間
  • カムチャツカ内の予算総額 U.S.$10,000


である。

 実際に交渉に当たってみると、カムチャツカとの通信手段がほとんど TELEX に限られることなどから非常に時間がかかり、細かい事項の確認や問い合わせとなると容易な作業ではない。これらの煩わしさなどから結局、早目に具体的な内容を提示してきた Kamchat intour と契約することとなった。契約した内容は以下の通り。

  1. 期間:6月の最初または次の火曜日から二週間
  2. 人員:日本人10名とカムチャツカ側ガイド・通訳6名
  3. 登山:イチンスキーとハンガール
  4. 費用:U.S.$10,000(計画開始2週間前までに半額を指定の口座に振り込み、残りは計画終了後に支払う)
  5. Kamchat intour側で用意するものとして
    • ビザの手配
    • ハバロフスクーペトロパブロフスク間の航空券の予約
    • カムチャツカ内でのヘリコプターなど移動手段の手配
    • ホテル、食事の手配
    • 通訳、ガイドの雇用


 費用の支払いは、ロシア内の銀行が正常に機能していないとして、日本国内の銀行から振り込むことはできなかった。また、旅行小切手やクレジットカードはカムチャツカでは使用不可能なので、実際には、米ドルを現金で持ち込み、計画前と後の二回に分けてペトロパブロフスクの銀行で振り込んだ。



II 航路

 新潟ーハバロフスクーペトロパブロフスクとすべて空路であった。サハリン経由の海路は、まだ船が定期化していなかったので今回は諦めたが、今後はこの航路を使えばもっと安く行けるようになると思われる。



III 査証

 ロシアへ行く際のビザの申請手続きは旧ソ連のビザとほとんど変わりはない。所定の用紙に必要事項を書き込み、写真・パスポート・受入団体の招待状(契約書)を添えて、在札ロシア連邦総領事館に提出する。今回は総領事の不在、副領事の帰国など、人員削減の影響もあってか、なかなか事が進まず、ビザがおりたのは出発の3日程度前だったので、遅くとも4週間以上前には申請しておいたほうがよいだろう。なお、これまでソ連人にも必要だったカムチャツカ入域のビザは現在では必要なくなっている。



IV ガイド・通訳

 Kamchat intour には専属のガイドがいないので、主に山岳クラブКутхからガイドを雇っている。彼らは非常に経験豊富で、カムチャツカの山について詳しく知っているので頼りになる。通訳については、数少ない日本語の通訳を雇うと高くなるので、今回はガイドの中に英語のできる人が入った。彼らは、コックを連れていくのが習慣であるらしく、前回同様、ベースキャンプでは、アーラおばさんのつくるロシア料理を毎日腹一杯食べることができた。



V 保険

 カムチャツカ登山はまだ未知の部分が多いということから、海外旅行傷害保険の契約ができる保険会社は限られる。今回は、東京海上火災の傷害保険に加入した。



VI 緊急時の対策

 今回は、非常に山深く、自力で下山できる場所ではなかった為、何か起こった場合でも、迎えのヘリコプターが来るまで待たなければならなかった。また、留守本部との緊急の連絡路として、北海道海外炭供給会社のペトロパブロフスク支社のテレックスを使わせていただくこととした。

 
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