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山の会昔語り・ 2009年1月31日 (土)

山の会裏ばなしー(29) 選挙の看板を失敬
山の会裏ばなしー(29)

   選挙の看板を失敬

北大山の会東京支部・木村俊郎(1950年入部)
昭和三十六年二月に小生は懸案の薬師岳を目指して、前々年の極地法による大部隊を改めて軽快に四人で入山したが風雪が激しく敗退した。結局この山では僅かに厳冬期の北ノ俣と赤木岳の初登頂だけに止まった。

その翌年、三月に札幌から現れたのが昭和三十四年入部のT君、通称もTをリーダーとする大部隊で一年目から三年目までの通称OのW君、通称のないH君、S君、最年少ながら通称GのS君達だった。余り多いので会社のクラブや会館では賄いきれず、少々負担になったが神岡町の旅館を手配した。

人数が多いと話もはずみリーダーのT君はこの時着ていた本間敏彦君との知床半島縦走で、バナナのちらちらする破れズボンで岬に着き、沖を通る漁船に遭難者と間違われてチャッカリ便乗してウトロに戻ったり、黒部の上の廊下遡行の話などに沸いた。また、このパーティーには沢田義一君もいたことを彼の追悼会の席で父君から知らされた。これが縁で入手出来ずにいた唯一の部報六号を戴くことになった。この本にはペテガリの雪崩が記されているので義一君遭難の折りに林和夫先輩から寄贈されたものだったそうである。

さて、この頃が部員数が最大で、この世代の人達が現れたわけだが、それにはそれなりの裏話があった。

山岳部では山行の折には団体装備や特殊な個人装備は部の備品を借り出して使っていたが部員の急増で備品が極度に不足していたそうである。なかでもコルクマットは適当な代用品もなかった。コルクマットは冬山の装備で底付きテントを使う折にはシュラフの下に敷かねばならぬ必需品である。コルクの細い棒をキャンパス地で縫い付けて、巻寿司を作るスダレのようになっていて、肩から尻までの長さの物である。これが無ければ寒気が身に沁みるほか、撤収の折にはテントの底が凍りついて手に負えなくなってしまう。備品は不足しても他の物は代用品で何とか間に合わせても当時、コルクのような断熱材はどうにもならなかったそうである。

だが、窮余の一策はあるものだ。

その後、三十三年入部のW、通称D吉君が語るには選挙に使う看板を取ってきて使うのが一番よかったという。選挙になると候補者が顔写真などのポスターを張って電柱や壁などにぶら下げていたあれである。当時は候補者個人々々かが出していたので新聞紙半裁位のもの。ベニヤ板なので断熱性もあり、水も上がらず、しなやかで大きさもピッタリだったという。なんといってもキスリングに入れて背負うと、背中にピッタリくるというのである。

しかし、個人のポスターとはいえ、触っても選挙妨害の罪になることは明らか。みんなで盗れば怖くない、とはいえ、なんとも図太いものだ。

札幌の町にも人があふれ始めた時代だったのだが、まだ平穏な、ゆとりのある頃だったようである。検挙されたり臭い飯を食うはめになったという話は聞いたことがない。
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