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45 尾瀬 平野長英・川崎隆章(ひらのちょうえい・かわさきたかあき)/1940/龍星閣


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箱と表紙
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在りし日の姿
(故平野長蔵翁の像)
在りし日の姿
(故平野長蔵翁の像)
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山上の楽園
(尾瀬ヶ原池溏と至仏山)
山上の楽園
(尾瀬ヶ原池溏と至仏山)


平野長英(1903-1988) 尾瀬沼長蔵小屋の2代目経営者
 福島県桧枝岐に生れる。尾瀬の主と言われた父長蔵と共に、さらに経営者として1918(大正7)年から約五十年にわたって尾瀬ヶ原の自然を守るために尽力した。ダム計画建設反対運動を機に尾瀬保存期成同盟を結成、これは日本自然保護協会に発展した。1980(昭和55)年、吉川英治文化賞受賞。歌集に「尾瀬沼のほとり」(妻靖子と共著)。

川崎隆章(1904-1979) ジャーナリスト,登山家
 本名金蔵。東京都出身、早大卒。改造社、小学館に勤務したのち、兄吉蔵の興した「山と渓谷社」の山岳雑誌「岩と雪」を創刊、初代編集長を務めた。理想に燃えたジャーナリストであった。後年、登山の普及に力を尽くし、日本登山学校を創立、校長となる。平野長英との交友は、短歌を通して始まり、尾瀬とその周辺に親しむ。単独行を好み、その足跡は全国に及び、特に尾瀬の山の紹介は高く評価されている。

内容
 「序に代えて」は、平野長蔵の遺稿「燧岳開山実記」、「仙鶴歌集抄」(三十五首)」を収蔵している。「燧岳開山実記」は、長蔵20歳の明治22年8月、桧枝岐村産土神燧神社に17日間参籠、その後頂上に石祠を祀り、みずから皇室講究所に学んで新館の資格を取得して開山するまでのいきさつが記されている。

 「尾瀬第一部」は、長蔵小屋2代目平野長英の執筆になるもので、「尾瀬の名称と伝説」、「尾瀬の科学」など12編からなる。「山賎雑記」の中で、尾瀬の自然美を長く保存しなければならないと説いて次のように書く。
「この静かな原始的風致、これが尾瀬の生命なのだ。私は永久にこの静寂さと、この汚れなき風致の保存せらるることを念じてやまぬ。『この地をして永久に、永遠に、幽寂を失われることなくして、独創し、思索し、瞑想するの地たらしめよ。青年よ、赤き心よ、風光明媚なるこの湖畔に大自然の恩恵の下に集まりてこの大自然の美を享受せよ。』亡き父は斯く言った。私もまた同じ心である。父の一生を捧げた所、仙境と人に称えられるる尾瀬沼のほとりに、父の後を継ぎ、父の創った山小屋を営むことに私は生甲斐と幸福を感ずる。」

 近年、長蔵小屋では多量の建築廃材などの不法投棄が発覚、尾瀬の環境問題に真っ向から取り組んできた歴史ある山小屋の不祥事に多くの人が驚いた。この事態を2代目長英が知ったら何と言うであろうか。

 「尾瀬第二部」は川崎隆章の執筆になる。研究、紀行、案内が収められている。歴史、伝説、地形・地質、動植物、山名由来、展望など多方面にわたって記述されている。

山岳館所有の関連蔵書
岳/川崎隆章/1943/山と渓谷社
登山講座1〜6/川崎隆章編/1942〜43/山と渓谷社
日本名山紀行/川崎隆章/1944/体育評論社
想い出の山/川崎隆章/1968/角川書店
尾瀬に死す/平野長靖/1972/新潮社
はるかなる尾瀬/朝日新聞前橋支局編/1975/実業之日本社
尾瀬と鬼怒沼(復刻日本の山岳名著全集)/武田久吉/1975/大修館書店
尾瀬と桧枝岐/川崎隆章/1978/木耳社
尾瀬の四季/安藤博/1980/月刊さつき研究社
尾瀬‐山小屋三代の記/後藤允/1984/岩波書店

註1)平野長蔵(1870-1930)
 福島県桧枝岐に生れる。尾瀬の長蔵小屋初代主人。関東水力電気会社(後の東京電力)による尾瀬ヶ原のダム化計画を阻止する為に、1922(大正11)年より長蔵小屋に永住を決意し、武田久吉らの協力を得て、翌年には政府へダム計画見直しの請願書を提出した(B-40登山と植物 武田久吉参照)。長蔵の死後は子の長英が長蔵小屋を継承し、ダム反対運動を続けた。その結果、尾瀬ヶ原ダム計画は頓挫し、東電は1966(昭和41)年に到って水利権を放棄した。長蔵は日本の自然保護の象徴とも言われている。

註2)平野長靖(1935-1971)
 平野長蔵を祖父、長英を父として群馬県片品村に生れる。京都大学文学部を卒業後、北海道新聞記者。家業を継ぐことになっていた弟が死亡したため尾瀬に帰り、長蔵小屋経営者となる。尾瀬の観光道路建設に反対し、1971(昭和46)年、初代環境庁長官大石武一に直訴、田中角栄通産相を始めとする建設推進派の強い抵抗に負けず、建設中止を勝ち取る。その直後、尾瀬からの下山中に豪雪の三瓶峠で遭難死した。

註3)川崎吉蔵(1907-1977)
 雑誌「山と渓谷」創刊者。東京都出身、早大山岳部OB。中学時代から丹沢、奥多摩などの山に親しみ、1924(大正13)年日本山岳会入会。雑誌のほか、山岳関係のガイドブック、単行本なども多数出版し、山岳文化向上に尽くした。
 
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