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46 山岳省察 今西錦司(いまにしきんじ)/1940/弘文堂書房/


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表紙(茨木猪之吉画)
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カラコラム
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今西錦司(1902-1992) 生態学者、文化人類学者、登山家
 京都市に生れる。1925(大正14)年、第三高等学校卒業。三高では桑原武夫、西堀栄三郎と言った人々と共に山岳部で活躍し、日本の山岳界発展に寄与した。1928(昭和3)年、京都大学農学部を卒業し、博士論文のテーマとなった“カゲロウ”の研究は、その棲み分け理論から「今西進化論」へと発展した。1935(昭和10)年1月、白頭山遠征の隊長として探検・海外登山に新分野を開き、以後内蒙古、大興安嶺を探検する。日本の霊長類研究の創始者として知られ、第二次大戦後は、京都大学理学部と人文科学研究所で、日本猿、チンパンジーなどの研究を進め、日本の霊長類社会学の礎を築いた。1952(昭和26)年秋、マナスルの登路偵察、1955(昭和30)年、カラコルム探検、1958(昭和33)年、アフリカ探検など登山と生物学を結びつけ、今西学を創造した。
 京都大学名誉教授、岐阜大学名誉教授、第12代日本山岳会会長、1972(昭和47)年、文化功労者、1979(昭和54)年、文化勲章受章

内容
 今西は多くの著作を残しているが、この本は著者の処女出版である。自序に「私が新聞や雑誌に発表したものの中から選んで一冊の随筆集とした。このような随筆を発表しはじめて以来九年になる。私の長男は今年十一になった。学生時代に書いたものならまだ沢山あるけれども、二十代の山と、三十代の山とは自分でも違うと思ふ。この本はそれで、私の三十代の山を内容にしたものである。」と述べている。樺太の思い出や白頭山のことなど、また北山の回顧、北海道の冬など、およそ三十編の文章が集められている。

   北海道の山はあまりお好きではなかったようだ。
 
「ついでにもう少し山で得た経験をいって見ると、何処もかしこも山が馬鹿になるい。勿論北海道にだって急峻な山もあるのであろうが、一般的にいって信州あたりの山に見るような、澤を囲んだ大きな斜面がない。--------関西方面の山と比べてさへ、遥かにその険しさが乏しく、--------。
こんな山に登っていると第一に雪崩の心配がない。尾根がのっぺりとして広いことなど、あれこれ綜合すると、雪崩なんか忘れていても山登りが出来る。さういったコースが1つの山に幾つかは必ず見い出せる。」


山岳館所有の関連蔵書
ポナペ島/1944/今西錦司/彰考書院
草原行/1947/今西錦司/府中書院
山と探検/1950/今西錦司/岡書院
ヒマラヤを語る/1954/今西錦司/白水社
私の自然観/1966/今西錦司/筑摩書房
日本山岳研究/1969/今西錦司/中央公論社
人類は滅びるか/1970/今西錦司他/筑摩書房
自然と山と/1971/今西錦司/筑摩書房
そこに山がある/1973/今西錦司/日本経済新聞社
今西錦司座談録/1974/今西錦司他/河出新社
今西錦司の世界/1975/今西錦司他/平凡社
大興安嶺探検/1975/今西錦司編/講談社
山の随筆/1979/今西錦司/旺文社
千五百山のしおり/1986/今西錦司/私家本
ヒマラヤへの道 京都大学学士山岳会の五十年/1988/今西錦司編/中央公論社
今西錦司全集1〜10/1974-75/今西錦司/講談社
日本の名山1〜12/1983-84/今西錦司他監修/ぎょうせい
 
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