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52 静かなる登攀 高須茂(たかすしげる)/1941/朋文堂/184頁


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表紙カバー
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新雪
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高須茂(1908-1979) 登山家、ジャーナリスト、時代考証家
 東京に生れる。大東文化学院(現大東大)卒業後、フランス語専修学校に学ぶ。15歳のとき、白馬岳に登ったのが登山の始めで、本格的には20才頃から始め、山旅倶楽部を主宰。「山小屋」「山」など終始山関係の雑誌の編集に携わった。戦時中は軍務に服し、戦後は1949(昭和24)年以来、「岳人」の編集同人として活躍した。登山技術書、入門書を交えて著書も多岐にわたっている。山への足跡も広く、登山技術にも長けていた。スポーツとしての登山を提唱、日本登山界の広がりを大きくすることを目指し、ジャーナリズムを通して発展させ、数多くの優秀な人材を育成した。
 若い時から佐藤春夫に師事し、俳句、随筆に長け、また江戸時代の故事習俗の考証家でもあった。代表作「山河誌」は、北斎、広重、西行、ウェストン、寺田寅彦、播竜、本多平八郎、など様々な人が登場、それらがいつの間にか現代の山と密着するという興味の尽きない今昔余話である。

内容
 本書は、高須が20代の頃に雑誌などに発表した作品が収められている。「穂高薄暮」「稲妻と蝶」「平行と交錯」「酸き葡萄」の4部構成の中に、59編の随筆、詩、短歌、俳句からなる。「序」で師であった佐藤春夫が、高須について次のように述べている。  「君は正に学東西を兼ぬといふべきである。また詩藻富み、吟詠の見るべきものも少なくない。しかし余の君に服するところのものは、必ずしもその好学の風と教養と詩藻の才華のみではない。その塵埃の気を絶した為人の自らに古の風あるを敬重し親愛するものである。」

 後記で「私の登山には決して明るさもなければまた輝かしい理想もなかった。あるのは極地の空に明滅するあのオーロラのように虚しい光と影ばかりであった。」と述べているが、書かれているものは決して暗い影ではなく、若者の前向きな姿である。
「チムニーはすぐそこで終っていた。あと数メートルで、
湖水のように澄んだ、悲しいばかりの青空があった。
私は思はず微笑した。
私はザイルをひき、ジッヘルしている友に合図すると、―また
静かに登り始めた。」(幸福)

「今日は槍の頂上まで雨だ。―そんなことを富さんが言っていた。
軒の氷柱も落ちつくした。
梓川の流れに注ぐ雨のピアニシモ」(雨の日の上高地)


山岳館所有の関連蔵書
岩・氷・ランプ(J・コスト翻訳)/1938/朋文堂
榾火−山小屋随筆集/1943/朋文堂
登山講座−冬山、春山、夏山、秋山/高須茂・跡部昌三・諏訪栄蔵/1965-66
登山談義/1963/東京中日新聞
日本山河誌/1976/角川書店

 
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