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40 登山と植物 武田久吉(たけだひさよし)/1938/河出書房/414頁


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箱と表紙
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見返し
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小有珠の南面
小有珠の南面


武田久吉(1883-1972) 植物学者、民俗学者、登山家
 幕末から明治にかけて在日したイギリス外交官アーネスト・サトウの二男として東京に生れる。府立尋常中学校、東京外語を経て、札幌農学校予科、東北帝国大学で講師。1910(明治43)年、ロンドン大学、バーミンガム大学に学ぶ。1912(明治45)年、王立キュー植物園を本拠に植物の研究を続け、1916(大正5)年帰国後、京大、九大、北大などで講師を務め、植物学を講じた。
 登山は、1895(明治28)年、小学生の時に妙義山に登ったのを手はじめに富士山、八ヶ岳、日光、白馬岳、北岳など各地の山に登り、1905(明治38)年7月に初めて尾瀬に足を踏み入れた。「山岳」創刊号に「初めて尾瀬を訪ふ」を発表、反響を呼んだ。尾瀬の素晴らしさとその真価を世に伝え、尾瀬のダム化を阻止し、また国立公園の指定については、彼の存在と努力に負うところが大きい。尾瀬の自然保護に対する思いは深いものであった。1924(大正13)年の尾瀬再訪には、本会会員の故館脇操名誉教授も同行し、尾瀬ヶ原をくまなく探索、桧枝岐にも足を延ばした。
 ウェストンの勧めで小島烏水らと共に日本山岳会を創立、同会章の制作者、第6代会長を務める。初代日本山岳協会会長。昭和35年に日本自然保護協会を設立するなど、エコロジストの草分けとしても知られる。山歩きは70余年に及んだ。植物学方面の、特に高山植物の著作も多いが、山の随筆・紀行は、昭和5年発行の「尾瀬と鬼怒沼」が代表作。


内容
 日本山岳会の創立メンバーで、植物学者、民俗学者の筆者が、大正中頃から昭和に亙る20数年間に雑誌、新聞に執筆したものから、大小30数編を選んで本書にまとめたものである。内容について「主として山岳、山旅の紀行、又山岳と離れ難い植物、殊に森林や高山植物に連関するものであるが、専門家のみが顧る学説の類は、勿論省いて載せない。」と序で述べている。

 「登山する人へ」、「山の思い出」、「紀行」、「高山植物」の4章からなる。「登山する人へ」では、山を愛することの重要性、登山の歴史、心得、準備、婦人の登山などについて、登山の先輩として初心者に分かり易く丁寧に説いている。「山の思い出」は、四季毎の山の素晴らしさ、草花、樹木、山菜、山の湯について、「紀行」では、大菩薩連嶺、丹沢山塊、小仏峠、石老山、御岳、乗鞍、尾瀬、日光など、自分の歩いた山、峠の地勢、山村の風景や人々、歴史、植生などを交えながら語る。この章の最後の「北海の奇勝を語る」は、著者が北大予科講師の頃、狩太から留寿都を経て、洞爺湖まで歩き、有珠山に登った時の紀行である。狩太から洞爺湖まで徒歩で2日かかっている。「高山植物」は、その素晴らしさを例を挙げて解説している。

山岳館所有の関連蔵書
高山植物/武田久吉/1916/同文館
高山の花/武田久吉/1952/岩波書店
高山植物/武田久吉/1963/保育社(カラーブックス、文庫版)
原色日本高山植物図鑑/武田久吉/1964/保育社
明治の山旅/1971/武田久吉/創文社
尾瀬と鬼怒沼(日本山岳名著全集)/武田久吉/1962/あかね書房
尾瀬と鬼怒沼(復刻日本の山岳名著)/武田久吉/1975/大修館書店
尾瀬/平野長英・川崎隆章/1940/龍星閣
尾瀬と桧枝岐/川崎隆章/1978/木耳社

 
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