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39 山・原野・牧場 坂本直行(さかもとなおゆき)/1937/竹村書房/232頁


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表紙
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裏の山の風景
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冬の野崎牧場
冬の野崎牧場

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春の日高
春の日高
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晩秋の日高
晩秋の日高


坂本直行(1906-1982) 登山家、開拓農民、山岳画家
 山の大先輩であり、十勝原野へ飛び込み苦闘した開拓農民であり、山と草木を独特な筆致で描いた山岳画家である。会員には経歴についてあらためて触れる必要は無いと考えるので、代わりに山の会会報から共に日高山脈の開拓に大きな足跡を残した故相川修会員の追悼文の1部を抜粋し、若き日の直行さんの山登りを偲ぶ。(B-55[開墾の記]参照)

“直行を偲んで共に登った山々を回顧す”(北大山の会会報第53号)
「昭和八年一月には金光(註:正次、1935年医卒)他三名と共に直行と小生は戸蔦別川に入り北日高の峰々を登る計画を立てた。これは悪天候の為戸蔦別岳の登頂のみで実に十一日間のラッセルに終始したが戸蔦別川の掛小屋での生活は華やかに楽しいものであった。何しろ農作業で鍛えられた馬力と、極めて上達した鋸の目立ての御蔭で、連日豪勢な焚き火に恵まれ、その上に牧場特性のハム、ソーセージを鱈腹ご馳走になり、おまけに東京虎屋の羊かんを賞味できたのであったからだ。
 続いてその年の暮から正月十三日にかけて照井(註:光太郎、1938年医卒)を加えて三人で札内川上流のコイボクサツナイ岳、ヤオロマップ岳を登り、更に長躯ペテガリ岳をと望んだが、直行のアイゼンの爪が強い寒気の為に折損して、ついにこの度もヤオロマップ岳に止まり、再び札内川本流に戻ってさらに上流を目指し、九の沢からカムイエクウチカウシ山を巡り、再度その頂上と千八百四十メートル峰を登攀した。その時の八の沢の圏谷壁の大滑降は強い印象として残されているし、また少人数での長期に亘る厳冬期登山は直行の秀れた技術に補われたものであり、その展開は頂で直行の嚢底から取り出された虎屋の羊かんと、連夜の豪勢な焚火によって壮大なものと化した感がある」

内容
 直行さんは、24歳(昭和5年)から30歳(昭和11年)で下野塚に土地を買って独立するまでの間、豊似の野崎牧場(同級生で岳友の野崎健之助会員)で共同経営者として働いた。この本は、直行さんの野崎牧場時代の生活を描いたもので、梓書房の雑誌「山」に13回にわたって連載され、それを竹村書店が単行本として出版した。竹村書店はこの本の出版後倒産し、直行さんは1銭の収入にもならなかったそうだ。
 戦後になって朋文堂と茗渓堂から立派な装丁の復刻版が出たが、それに比べ初版本は簡易な装丁である。山岳部員たちに読み継がれてきた山岳館の同書は、手垢にまみれて継ぎはぎだらけで、注意しないとバラバラになってしまう。この本を読んだ多くの部員達が、日高の帰りに下野塚の直行牧場を訪れ、御一家のお世話になった。御一家にとっては大変な迷惑であったろうと思うが、学生時代の忘れられない思い出である。
 1975(昭和50)年に茗渓堂より発行された復刻版のまえがきで出版当時の生活について触れ、その当時の気持ちを次のように書き残している。
「『山』に連載したのはたしか昭和7、8年の頃で、私の夢多き青年時代でありました。前記のような経過で、原野入りした私でありましたから、原野の物は何でも美しく、また楽しいものばかりに見えて、それを絵にしたり、文にしたりすること自体、原野での生活から生れる予想外のうれしい副産物でありました。」

序は山崎春雄先生が寄せている。牧場で重労働に明け暮れる直行さんを語る。
「山に入って山を見ずと言う諺の様に、山に入りながら山を見ない山の記述の多い今日において、この牧場生活に山のことはあまり出て来ないでも、本当は牧場に立って山を眺めている人の気持ちを描いたのである。本当の山を知っている人の日記である」

直行さんは山の友を生涯大切にした。
「山にいて一番うれしいものの一つは、都にある山の友からの便りである。変わりない友の心は、又更に大きな喜びである。幸福である。僕はいつも返事には日高の山のスケッチや、牧場のスケッチを描いて送ってやる。友もそれを楽しんでいてくれる。アンザイレンは山ばかりではない。それは山を知る人間のみの知る喜びだろうと思う。日高登山の帰りに、牧場に立ち寄るといふような便りは、殊にうれしい。山の友に会えるし、山の話が聞けるし」
 重労働に明け暮れる牧場生活の中にも、つかの間の動物達との心温まる触れ合いである。
「豚の仔ほど可愛いものも少ない。世にもメンコイものは豚の仔とヒヨッコである。桃色の肌、真白なピカピカした毛、細かいまいくった尻尾、日向ぼっこすると肌の色がだんだん赤くなるのが面白い。血液の循環が良くなるからだろう。乳をのむ時の可愛さ、ペシャンコの鼻で母親の腹をぐっと押しながら夢中になる。お互いは猛烈なタックルをやる。弱い奴は乳のあたりが少なくなるので、いつもやせてヒョロヒョロしている。豚は小さい時はなかなか敏捷で、追いかけたって到底競争にならない程早い。仔の時は、眺めていてもとても食ふ気は起こらないが、成長してくるとだんだん憎らしくなって来て食う気が起きてくる心理は、自分ながらわからない」 
 冬山への熱い思いを次のように語る。
「初雪―――
大雪山、十勝岳の中央高地の初雪は早いが、日高連山の初雪はそれに較べると遅いのである。けれども今年はいつになく早くやって来た。九月の三十一日の夜に降った。翌朝、僕は朝日に染まる、初雪で化粧した日高連山を見た。僕の胸は躍った。山を愛する人間だったら、初雪に覆われた山を、冷静に見得る者は無かろうと思う。それにバリバリと草が凍るほど強い初霜と冷たい朝の空気は、僕をして生生した冬山の思い出に走らしめた。初雪は冬山の思い出を新たにする。初雪の感激は深い。陽が高くなるにつれて消え失せて行くその雪を見ると、淡い寂しさをさへ感ずる」


山岳館所有の関連蔵書
開墾の記 坂本直行/1942/長崎書店
続 開墾の記 坂本直行/1994/北海道新聞社
原野から見た山 坂本直行/1957/朋文堂
蝦夷糞尿譚 坂本直行/1962/ぷらや新書
私の草木漫筆 坂本直行/1964/紫紅会
雪原の足おと 坂本直行/1965/茗渓堂
山・原野・牧場 ある牧場の生活 坂本直行/1975/茗渓堂
私の草と木の絵本 坂本直行/1976/茗渓堂
坂本直行作品集 坂本直行/1987/京都書院
坂本直行スケッチ画集 坂本直行/1992/ふたば書房
ヌタック1〜2号 札幌第2中学山岳旅行部/1928・1930
北大山岳部部報1〜14号 北大山岳部
北大山の会会報1〜103号 北大山の会
雑誌「山」(復刻版)1巻〜6巻 梓書房/復刻版:出版科学総合研究所
北の大地に生きて 高知県立坂本龍馬記念館/2006/高知県立坂本龍馬記念館
日高の風 滝本幸夫/2006/中札内美術村
アルプ295号/1982/創文社
 
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