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  • 21年03月22日
    Re: 【中部日高】ナナシ沢1823m峰南面直登沢→コイボクシュシビチャリ川...北陵高校山岳部OB
  • 17年01月29日
    Re: これまでの部報紹介・3号(1931)上/(米山悟1984年入部)...佐々木惠彦
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    Re: ペテガリ冬季初登・72年前の今村さんのゲートル  米山悟(1984年入部)...やまね
  • 16年07月28日
    Re: 暮しの手帖96 特集戦争中の暮しの記録 1968 うちにありました...米山
  • 16年07月28日
    Re: 暮しの手帖96 特集戦争中の暮しの記録 1968 うちにありました...さわがき
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  • 16年06月17日
    Re: 道新に今村昌耕会員の記事...AACH
  • 15年12月22日
    Re: おくやみ・谷口けい 米山悟(1984年入部)やま...すぎやま もちやす
  • 14年12月09日
    Re: 【書評】アルピニズムと死 山野井泰史 2014.11(米山悟1984年入部)...まっちゃん
  • 14年10月25日
    Re: 【読書感想】七帝柔道記 米山悟(1984年入部)...米山

記事・消息・ 2013年4月9日 (火)

子供の春休み、ヘルヴェチアヒュッテに家族で二泊しました。わざわざ飛行機に乗って雪かきに行きました。
ついてみると小屋は大雪に埋まっていて、屋根と地続きになっていました。庇のしたの空隙は、イグルー内部のように快適です。ここに窓の外の窓を開けるのに、厚さ1.5mの雪塊にトンネルを掘りました。屋根上の雪の下部は密度重く、結構な重量です。全部で10トン弱はあるかもしれません。梁が沈んで、紅白の扉が当たってしまい、全開しませんでした。こんなの初めて。
隣の離れの便所は上に分銅のような雪を載せて轟沈していました。1.5トンはありそうです。建てたのは1985年だったかな。きれいな便所だったのに、ご苦労様でした。 小屋のテーブルには、立派な山スキー部の歌集がおいてありました。今年は北大スキー部100年記念、手稲山スキー登山100年記念で、山スキー部が近郊の山小屋巡り山行をしているようだ。
一日目はサイトー一家と雪かきと晩餐、子供は雪遊び。二日目は隣のスキー場で子供と滑りました。昨年八甲田山麓から金峰山山麓に引っ越してしまったので、懐かしのふんだんの雪がうれしいです。雪の少ない土地でのスキーはやはり何か無理があります。サイトーは天気がいいのにスキー場なんか滑っているのが落ち着かない様子。子供と一緒とはいえ、僕もやはり結局スキー場なんか滑っていてもそのうち飽きてしまった。
ランプの静かな薪ストーブの夜を堪能して三日目はお掃除と雪かきして下る。札幌湖というダム湖は昔無かったので物珍しい。 雪の無い土地に引っ越してみると、ヘルベチアのようなところがある札幌在住がとてもうらやましい。まあ、ヒュッテんレーベンやっているヒマあったらスキーで長距離山行しているだろうけれど。こどもはこういう小さなヒュッテが大好き。しかもここはフェイクじゃなくて本物なのだから。

記事・消息・ 2013年2月5日 (火)


京阪神のこの冬は、ごく普通に寒く1月26日の京都は時に雪が舞っていた。会場は京都駅八条口前のホテル。福井からの田中さんは雪による列車運行の乱れを勘案し昼にはホテルに着いておられた様子。


午後3時ごく普通に内藤支部長の乾杯の発声で開始したが、出席者予定者が一人足りず、もしやと思ってご自宅に電話したら電話口に出られた。日にちを間違え1週間前に一度宴会場に来た、との告白もあり、日本は今やごく普通にこう言う時代になったと感慨しばし。

記事・消息・ 2012年11月15日 (木)

3日夕刻、空は雲に覆われているも雄松浜あたりは打ち寄せる波も穏やかで、対岸の島影には薄っすらと夕陽が当たっている。湖畔での焚き火準備におさおさ怠り無く、愛用のノコやショベルを持参した須田さんがザックから道具を取り出すのももどかしく、そのノコを掴んだ内藤さんは、目星をつけた枯れ木に切りかかった。(記:岸本)

記事・消息・ 2012年10月31日 (水)

10/27〜28秋の澄んだ青空のもと、第85回?ヘルベチア祭に30名近くが集った。銭函峠越え:7名、車で:8名、日曜日帰り:3名そして現役は10名が参加した。


15時には峠越え組が到着し、早速安着祝い酒。現役は薪割りにディナーつくり。17時には小泉会長の音頭で乾杯。メニューは塩麹漬け焼き鶏肉とオリーブオイルサラダ、キムチ鍋、牛すき焼き鍋、ダッチオーブンで山菜炊き込みご飯と手羽元鶏肉入り野菜ボイル蒸し。さらにビールは生樽付き。皆からも差し入れがあってワインや地酒、焼酎、ウィスキーなど豊富。


米道さんからの栗甘漬けや手作りトマトジュースも最高であった。6名も入部した1年目現役の自己紹介に始まり全員の紹介。酔うにつれ勿論山の歌も。最近現役があまり歌わないのが少々寂しい。
1年目につい最近入部したというK君は何と1978入のサスネ君の息子だという。久々の話題である。また同じく1年目のG君が誕生日というので、誕生祝を昨年もらった紅一点のY嬢からの提案で彼にもケーキのお祝いがあった。
彼女は主任幹事を終えた4年目のI君に絡むと宣言して1対1で酒を交わしたが見事に負けて二日酔い。最後川に倒されたようで、翌朝も靴がびしょ濡れだった。OBは11時過ぎには就寝、現役は1時過ぎまで飲んでいたようだ。

翌朝はOBが朝明けると直ぐ起き出して焚き火を囲んでいた。コーヒー紅茶を飲み、朝食はカシワそば、薪割り仕事も前日に殆んど終わり、水源池や小屋の掃除をこなす。N前会長やカケス夫婦も来られ甘い差し入れを頂く。恒例の玄関テラスで記念写真。
ヘルベチア委員会も開催。3名の委員会であったが、今回山の会会長の推薦で私の後任はS君と内定。彼は現役山行の面倒も見るが私と同じ会社オーナーだから他の人よりは時間が取れるということで決まり。私も少し肩の荷がとれるが相変わらず小屋の薪や刈払いなど仕事絡みで関わりは切れないので、今までどおりバックアップはする予定。
晩秋のべチアを後にし、定山渓あたりが紅葉真っ盛りであった。

記事・消息・ 2012年9月28日 (金)



記事・消息・ 2012年8月14日 (火)

2011年 8月2日〜10日に豊橋で開催された「国際地質学史委員会(INHIGEO)2011年大会」で,吉田・渡辺両会員が発表した「地球科学の進歩における大学山岳部の役割−Academic Alpine Club of Hokkaidoの例」のFull Paper(英文)が、今回会議の論文集「Visual Images and Geological; Concepts: Proceedings of INHIGEO 2011 Japan」に収録、公表され ました.

AACHアーカイブサイトに収録しましたので,ログインしてご覧下さい
PDFファイル(約1MB)(要ログイン)

記事・消息・ 2012年7月30日 (月)


日高山脈のアイヌ語地名はカタカナにする時点で多少誤表記もあろうけれど、既に百年慣れ親しんだ(といっても少数の登山愛好家の間だけど)地名をケアレスミスで残されては無念です。
平成の大合併でヘンな市町村名が多数生まれたけれど、ご先祖から繋いだ地名は滅多な事で変えてはいけないと僕は思います。役所を統合整理するのはいいけれど、地名だけは残して欲しい。ヘンな名前を付けないで欲しいと思います。


https://aach.ees.hokudai.ac.jp/cpg-cgi/ph4.cgi?img=120721Do-shin

記事・消息・ 2012年7月16日 (月)

クライマーほど信仰に一途なやつらはいない。
7月15日、那智の滝を登っていたクライマーが警察に捕まった。神主が警察を呼んだそうだ。世俗上の罪状は不法侵入とか世界遺産云々とかだそうだ。
クライマーほど宗教的に真面目なやつらはいない。山岳信仰とか修験道とかお山参詣を、過去の、関係ない時代の宗教行事だと思っている現代の登山愛好家は多いかもしれない。けれども何でも現代社会の尺度で測るのをやめて見よう。ほんの数十年前の時代にこの国では「祈る」ということは、飯を食ったり、パソコンをやるくらい日常の行いだった。飯を食っては祈り、人が死んでは祈り、美しいものを見ては祈った。その時代に山が好きな人なら、多分100%修験道やお山参詣というスタイルで登山をしたと思う。彼らの書き残したものを読むにつけ、これは僕と同じアルピニストだ、と思う様になった。山への情熱、山への畏敬、山への尊敬、山への恋心。自分を越えた何か(神と呼ぶ事もある)に祈る気持ちになることを信仰というのだと思う。当然「征服」という言葉とは対局のもの。
現代の登山人種の中で、最もピューリタン(清教徒/原理主義者)な山岳信仰家は、ビッグウオールアルパインクライマーだろう。経験と技術と情熱と、すべてを揃えて那智の岩壁を見て、崇高なクライム信仰心が湧いたのだと僕は思う。
彼のことは10年以上前から知っている。まさにチベットジョカン寺のラマ修行僧のような男だ。名声に溺れて、とかいい気になって、とかいう世間の下世話で、ありがちな批判は全く当たらないと僕は思う。そういう無自覚な批判はそう言う人自身の世界観なのだろう?山は飲んだり食べたり「楽しんだり」しにいく場所だと考えている大方の登山愛好家には想定外なんだろう?
神主は何故警察を呼んだのだろうか。聖職者がまさか不法侵入に怒ったとは考えたくない。クライマーの安全の為でもないだろう。あの岩壁を既に100m登っていた者を、警察が安全に保護するという話ではない。
あの大滝岩壁に対する同じ信仰心を持つものとして、信仰の仕方が全く違う凄くピュアな信徒がいたことに嫉妬したのではないだろうか。一部発言を書いたと思われる新聞記事によれば「絶対に許せない」と告白していた。
しかしもし僕が神主だったなら警察は呼ばない。警察を呼ぶとマスコミが来て話が全く変わってしまうからだ。僕なら完登した彼らに会って、問うだろう。神を見たか?どんな姿だったのか?と。そして信仰者として異端者を制裁するだろうか。それとも和解できるだろうか。「祈る」「信じる」を忘れた世間の大方にとっては、この報道は「世界遺産の壁に落書き」レベルの話なのだろうが、それは違うと僕は思う。クライミングの篤い信仰心が既存神道の逆鱗に触れたのだと僕は捉えた。あの大岩壁は神道だけのものか。2700年続いたからって、異端の信仰家と共生は出来ないのだろうか?エルサレムのように。立山神社の御神体は北方の剱岳、浅間神社の御神体は富士山。御神体だから登ってはいけないという理屈は無い。これまで誰も登れなかっただけだったのだ。
神が冒涜されたと言い連ねるのは悲劇的だが、信仰とはそれも飲み込んで共存しなければならない事ではないのかと僕は思う。
僕らはピューリタンか俗悪かはともかく山岳信仰の信徒であると思う。やむにやまれぬクライム信仰心で登った彼を愚かだと言いたくはない。

記事・消息・ 2012年5月30日 (水)

澤田(2004年入部)
木城(2009年入部)
登攀日2012.3/27-30
「長野北部にある戸隠連峰、本院岳ダイレクト尾根は良いらしい」ちょくちょく一緒に山に行く知人からそんな話をきいた。きのこ雪の雪稜の尾根らしい。
3 月、函館在住で山岳部に在籍している木城と、どこか登りに行こうという話になった。そこで本院岳の話をしてみると、偶然にも木城も興 味をもっていたとの事。北アルプスなどに比べ、そこまでメジャーな所ではないと思っていたがよく知っている。
きのこ雪の雪稜はとにかく、奮闘するという話 は聞いたことがあるのだが僕も木城もともに、き のこ雪などの経験がないので、わくわくする。
最近、充実する事なく引き返さざるを得ない山 行やクライミングが多く、久々に充実したいとい う思いが強い。なんとしても登りたいので、4 日分の食料を用意した。テクニカルさは必要でなさ そうだから、少々重くても関係ないだろう...と、なんだかんだいって酒やつまみもいれていた。

記事・消息・ 2012年5月24日 (木)

尾太岳から白神岳まで、いや摩須賀も行きたいと計画を練ったが、三日かけて二ツ森までが、今回の雪のコンディションだった。全白神を一度に行こうとは欲張りだった。延々ブナ林の四日間。白神の価値はこの広さ、時間の長さにある。見栄えの良い山頂やわかり易い景観は無い、耽美読解力の要る山彙だ。のたうちまわって初めてわかるすてきな山脈。
 
 
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