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OBの山行記録・ 2005年11月2日 (水)

道南の山二つ・恵山、台場山/(米山)
函館近くの低いながらもよい山。どちらも記録というほどでもないですが。
9月恵山、10月、川汲の台場山。仕事でいったので静止画はありませんが、良い天気でした。
恵山(618m)
【ルート】
賽の河原駐車場から山頂往復
【行程】
9月28日駐車場(10:30)→山頂(12:00-13:00)→駐車場(14:00)
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晴天
岩崎元朗氏の選んだ新日本百名山のひとつ、恵山の登山会を撮影に行った。新日本百名山は、中高年でも登れる良い山を、と岩崎氏が深田百名山の半分くらいを選びなおした選択だ。今年中に全山登る見込みで全国をまわっている。

恵山は名山ながら沢も、雪のルートも特になく、どうやって登ろうかと思っていたので、ちょうど良い機会だ。賽の河原の駐車場は本州ならばすでに標高2500mの植生だ。黒い実を付けた緑の芝生のガンコウランが一面に生え、その緑が硫黄を含む白い地面との縞々になっている。道は歩きやすく整備されている。噴火口を回り込む急な登りはカラコルムのような岩山、山頂部に着けばまたガンコウランの箱庭のような平地だ。

一行100人という集団登山ながら、岩崎氏はこういう登山には慣れていて、10人以内くらいのグループに分かれて3分は離れて歩きましょうとか、いろいろそれなりの気遣いがある。山頂で岩崎氏選定の日本百名谷、産女川と万滝川の話などをした。函館の山好きの人多数とお知り合いになれた。

100人と分かれたあと、一人の山頂も楽しんだ。三方が海。漁船団が椴法華沖の辺りに白い筋を流してのどかだ。確かに新百名山にふさわしい盛りだくさんの山だ。

函館在住60年以上の知り合いの話では1954年頃、賽の河原周辺に硫黄鉱石を採る飯場があって、小さな露天風呂も作ってあったという。そのころもガンコウランの実が一面になっていたそうだ。

下山して恵山海岸の浜の湯に浸かる。海岸の防波堤に漁師が漁師のために作った、ひと風呂あびるコーナーだ。混浴でお賽銭箱あり。風呂をでると近くで昆布を干していたおばちゃんに真昆布とガゴメ昆布と三石昆布の三つを並べて、違いについてあれこれ話を聞いた。でかいやつを一枚くれた。おばちゃんありがとう。僕と同じタビ靴を履いていた。
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台場山(491m)
【ルート】
川汲峠旧道→山頂往復
【行程】
10月20日旧道を車で峠までそこから山頂往復

紅葉の撮影に行く。函館近くの穴場を幾つか聞いたうちの一つ。台場山は戊辰戦争のとき、榎本軍が森に上陸後、渡島半島東海岸を南下して函館に攻め込む際戦った古戦場で、山頂に台場が築いてあるという。それに加えて今はトンネルが通って整備されている川汲峠の旧道が、電話局の電波塔の管理道路として残っていて、その道も見てみたかった。

借りるのに一週間かかった管理道路の鍵でゲートを開け、旧道を軽自動車で行く。30年ほど前まで現役だった道は、舗装してはあるが細い。中程で、若いクマが逃げていくのに会った。クマは木に登り、上で様子を見ている。撮影することができた。木陰からこちらを伺い、ソロリソロリ木を降りてきて、ちらりとこちらを横目で見て藪に消えるまで40秒ほど。耳が丸く、大きかった。

峠に車を置き、台場山最高点までは笹の伸びた踏みあとを10分ほど登る。山頂は8畳間ほどの四角い土塁が築いてあり、新撰組愛好家による手製の看板などが立ててあった。ここに大砲を担ぎ上げたのか。四方は見晴らしが良く、函館山も遠くに見える。1868年10月、土方歳三もここにいた。日本の内戦は、こんな山岳戦が主体になるのだ。肝心の紅葉はまだ早く、紅い寿種もあまりなくヤマウルシの紅を撮って帰った。
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