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OBの山行記録・ 2007年2月12日 (月)

記録)貫気別山とリビラ山/(米山84入部)

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貫気別山(ぬきべつ・1317m)とリビラ山(1291m)
日高山脈の展望台。道内全域天気が悪そうな連休、ここだけはなんとか晴れそうなので決定。


【ルート】
貫気別川→両峰の中間1300ポコ西尾根→貫気別山往復→リビラ山のっこし→北西尾根下降
【メンバー】
米山悟(84)、斉藤清克(87)、北川徹(山スキー部OB)
【行 程】
2月11日:取水施設(9:30)→1300ポコ西尾根末端右奥取り付きCo600(12:10)→標高1000mC1イグルー(14:15)イグルー完成(15:40)
2月12日:C1(7:10)→1300mポコ北のコルデポ(8:20)→貫気別山(9:00-30)→コルデポ(10:00)→リビラ山(11:45-12:15)→北西尾根末端(13:45)→取水施設(15:00)
【記録】

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雪の日高は学生以来だ。とはいえ主稜線を遠く眺める展望台、沙流川中流の気になる連山を登った。沙流川から貫気別川にはいると、広い盆地があって驚く。日高側の山間地の幅は広い。貫気別川林道は取水施設のあるところまで除雪がされているので助かる。ここで車を置き、支度をしていると鹿撃ちのおじさんが通りあれこれ話す。



川は荒れていた。林道はCo500あたりまであるのだが、崩れて使えない。雪も少なく、イグルーを作れるか不安になる。目指す尾根は貫気別とリビラの中間にあるCo1300のポコの西尾根だが、末端は急で取り付けず、右へ右へと捲いて緩い所を取り付く。そこにはブル道があり標高800あたりまで続いていた。尾根のヤブ密度はそれほどでもなく、ブル道の助けもあり快調だ。貫気別山の山頂下には標高差100mの岩壁帯があって壮観だ。鹿撃ちはこの崖を「ガンケ」と呼んでいた。


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Co1000の針葉樹の平地でイグルーを作り焚き火。積雪は60センチほどしかなくイグルーブロックは一段しかとれなかったが、なかなか快適なやつができた。日が暮れると雪が降り出したがタンネの傘の下で、火に当たり尻を暖める。




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−7度。起きると既に明るい。イグルーは雪に埋まって繭のようになっていた。30センチ以上積もった。ラッセルは膝から腿の深さ。カンバは霧氷を付け、真っ白だ。稜線に出ると、日高の国境稜線が見えた。




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イドンナップ、幌尻、ピパイロあたりの稜線はガスがくっついているが、白い山脈が右から左へ視界いっぱい。貫気別山頂では幌尻の雲がどくのを待ったがなかなか甘くない。厳冬の日高主稜線はこうでなくちゃいかん。ナメワッカと、遠く39はシャキーンと聳えているのが見えた。




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リビラへの稜線は全体に凍ったカンバが視界をふさぎ、しかも結構なラッセルだ。ズブズブのラッセルをファイトで進む。リビラに着く頃にはガスに覆われてしまった。北川はシールが不調で遅れ、リビラ山頂で30分待つ。



リビラ北西尾根は今年初の新雪パウダー滑り。軽くて深い雪を歓声挙げて滑り降りる。上着のジッパーを上まで引っ張り上げないと胸に粉雪が入る。樹林の密度は多少濃いが、まあまあ楽しめる。Co980あたりから真北へ降りて沢へ滑り込む。下の方ではまたブル道があらわれて、これがスキーに都合良い傾斜だ。渡渉をしながら川原を降りていくと、砂防ダムの土木工事をやっていた。ダンプがバンバン走り、いきなり土建屋帝国になっていた。ダンプの運転手が親しげに声をかけてきた。登山者は珍しいと。北海道も東の方へ来ると、初対面でも気さくで明るい人が多くて、北海道人だなあと思う。

平取の「鳥天」で天丼をかっこみ、斎藤に苫小牧駅まで送ってもらう。だめかと思ったが、連休の混雑のため送れてきた汽車にぎりぎり間に合った。ザックに腰を下ろして函館まで。
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