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OBの山行記録・ 2012年3月7日 (水)

カニカン岳〜利別岳〜長万部岳 (米山悟1984入部)
【月日】2012年03月03日(土) 〜04日(日)
【メンバー】米山(1984入部) , 斎藤(1987入部) , 石川(1987入部), 北川(HUWV), 高柳(HUWV)
【天候】:一日目 小雪時々晴れ 二日目 晴れ

長万部三山。車二台使って山三つ越え山行。登りも快調、下りも快調なルート取りができた。地図見てメド立て、現場で選択で申し分ない。1000mの山だけど、延々続く無人地帯だ。長い冬だったけれど、遂に高気圧が流れてくる季節になった。快晴で、日本海と太平洋が両脇に見えた。

ヤンケは15年くらいぶりだ。デカいスキー板を持って来た。幅がワカンくらいあるやつだ。硬い急斜面で泣くんじゃないか〜?と思いつつも滑りは快調そうだ。サモアとテンチョーは前回イグルー泊だけでお別れしたので今回が初めて。飯を支度してくれた。


ピリカ湖ダムで除雪終わり。一時間や二時間の林道歩きはちょろいものだ。この道は島牧村に抜ける予定で工事しているが、いつできるのやらという道なので、幅広く、立派だ。一山越えて林道が本流右岸に渡り、林道に飽きたころ尾根に取り付く。タンネの植林帯を抜け、カンバの疎林帯を緩く登る楽な尾根。タンネの立ち枯れ帯で、無性に焚き火がしたくなり、無意識にカンバの皮をバリバリ剥いでポッケに入れる。これは習慣なのだ。雪がシールにくっついてげたげたのゲッターロボになる。重てえ。三角スプーンで掻き落とすこと数度。

コンタ800越えるとカンバもかなり疎になって風景も見え始める。きょうは晴れだけど時々小雪で、風が強い。あまり休まずにカニカン岳に近づく。884を越えると、稜線がやや細めになるため、セッピや吹きだまりが増え、イグルー適地になる。このへんで泊まる事にする。雪も多いので5人用を作る。ドームは小ぶりにまとめ、下で穴を広げる。積み上げ40分、雪の掘り出し20分くらいでできた。できた頃サイトーが枯れ木を集めて焚き火を始めた。カンバの皮を焚き付けに着火。マイナス8度だが風のせいで凄く寒いが炎が上がり、マシュマロ焼いたりコマイ南蛮漬けを焼いたりサバ缶温めたりしてバーボンを飲んだ。晩飯までのつまみにカニカンを出す。カニカン岳で蟹缶。実家から送ってきた荷物に入っていたもの。ああ、おいしいよお母さん。いくつになっても実家からの荷物には食べ物が入っている。マーボ豆腐に入れたひき肉が凄い量でビビったが、味が確かでうまかった。ワンゲル、飯炊きがすごくうまいよ。


ところでカニカン岳の由来はカンカンで、アイヌ語で金の意味らしい。この辺は砂金沢とか鉱山川とか小金川とか、金の地名が多い。蟹缶が何故か金色なのはそのせいなのか?
イグルーでぽかぽか、安眠して朝はカニカマのカニ雑炊。これもやはりサモアの実家から送って来たものらしい。カニ類食品は高級感があり、普段はなんとなく手がつけられないのかもしれない。きっと親も誰かからのもらいものなんだろう。

カニカン岳へはあっという間に着いた。長万部の町灯り、瀬棚の町灯りが暗がりに光る。太平洋と日本海だ。握手。またひとつ未踏峰が減った。寒いのですぐ下る。山頂下でシールをはずして、ペタヌ川の二股へ。ちょうど良い間隔のダケカンバ斜面で雪質も良い。きゃあきゃあ言いながらあっというまに二股へ。サイトーヤンケは兼用靴、米山は皮登山靴と130センチ板、サモアテンチョーはプラ靴とジルブレッタ。サイトーは突撃くねくねターンであっという間に消えていく。ヤンケも上手になっていて驚いた。といっても25年も前の一年目の記憶と比べちゃフェアじゃないか、兼用靴というのもあるけれど。サモアは登山靴スキーにしては善戦している、身体能力だけで滑る学生スキー(僕もだけど)。テンチョーはスキーが下手とはいうが自分のことは自分でできるからOK。


目の前の尾根を登り返して稜線に戻る。500m滑って500m登るを、きょうは三回繰り返す。近道で、滑降できて、凄く良い。稜線に上がると風が強く、地形図で見る印象と違って樹林が少なく、高山景観だ。白い領域が広く、美しい山々が次々現れる。オビラ(大平山)、カリンパウシヌプリ(狩場)、メップ、カスベ、ユウラップ、クルマツナイ。道南の山に馴染みのなかったメンバーは意外と名峰が多い事を知った。札幌にいるとなかなか道南は縁遠いのだ。利別岳山頂はマイナーピークだ。白くて重量感ある山頂。僕は4年ぶり。谷の向かいの長万部岳の登行ルートを物色して滑降する。コルまでの最後の急斜面は硬く凍っていた。コルから谷へは深い雪の急傾斜で楽しい滑降。谷底は風がないのでのんびり休む。陽光もあった。


長万部岳への登りは西尾根を選ぶ。これも結構あっというまに登ってしまった。スキーが苦手というテンチョーは「登りのほうがうれしいデス」というけど、今回はどっちも楽しかったな。登るにつれ出現する利別岳の東面は真っ白い壁になっていて美しい。きょうはまだ雪がくっつかない。助かる。長万部岳山頂直下の急斜面数十米は硬く凍っていて、ずるり滑るとセッピの下のアリ地獄まで行っちゃいそうで少し緊張の場所。
山頂は二つ。奥が看板のある山頂。サイトーの向こうに噴火湾越しの駒ヶ岳が見えた。噴火湾左端には室蘭の製鋼所の煙が見えた。前回は室蘭のカジカワと登ったなあ。テンチョーがビール缶を出した。観音様に見えて拝んだ。


夏道のある尾根はさっきからスノモビルのうるさい音がしている。遠くからも見える爪痕が白い山にたくさんついている。僕らは南東の肩から北に伸びる美しい尾根を降りた。傾斜があって雪もよく、ターンが気楽にきまる、スキーに最適な尾根だった。巧きも下手も、楽しく滑れる特上斜面あり。
林道はスノモビルのトレースで圧雪やりかけのスキー場みたいな感じ。つるつるカラカラ滑ってラジウム温泉分岐まで。分岐近くに置いといた車で長万部温泉へ。ラジウム温泉はお湯はいいのだが、どうも落ち着かない雰囲気だった覚えがあり、ひなびた長万部温泉郷に行った。長万部温泉ホテルという名の温泉旅館に飛び込む。古い湯船と、しょっぱい湯が良い。プチ刺青のじいさんもいていい味だしてる。温泉はひなびてなくちゃ話にならない。


サイトーとヤンケは車をとりに行ってくれた。僕は16:50の函館行きに乗ることができた。ここから3時間で青森へ帰れるなんて近いものだ。道南はかつてのフィールドで、懐かしいところ。全国区で無名な名峰の宝庫だとおもう。それにしてもスキーの機動力のものすごさよ。たった二日で三乗っ越し、山頂で振り返り見る移動距離と登行高度は相当なものだ。夏の道歩きよりも遠くまで行ける。これからの季節は、もっと遠くまで。

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