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OBの山行記録・ 2012年4月27日 (金)

奥羽山脈最北端縦走 八甲田外輪山〜海まで39キロ 米山悟(1984)
【月 日】2012年4月21-22日
【ルート】八甲田田代平-七十森山-折紙岳-みちのくトンネル上-三角岳-烏帽子岳-陸奥湾狩場沢海岸
【メンバ】米山(1984入部)、木城(2009入部)、菅野(弘大山岳部OB)
奥羽山脈北端が海に没する陸奥湾野辺地の烏帽子岳へ、八甲田の外輪山からつなぐラインが津軽、南部両藩の境。二日間で行けるぎりぎりの長さで、ここ数年雪の締まるタイミングを計ってきた。
道南八雲のカンノ君はいつもの夜行はまなすで到着、函館のキシロは船(学割1300圓)で前日入り。朝の田代平までは山崎さんが車で送ってくれた。
【記 録】
21日
別荘地手前で快晴の八甲田を見乍ら出発。木立の少ない尾根を登ると、田代原野と八甲田の東面が朝日を浴びて丸見えだ。キシロはシートラのままばんばん登って行った。雪は潜らず快適。七十森の肩まで来ると、白神から十和田湖の戸来岳、八戸の階上岳まで見える視界射程だった。風があり、暑すぎず捗る。そして行く手の折紙、三角、烏帽子まではるかに見えた。あんなに遠くか〜の声もあるけど、この冬の竜飛崎もあのくらい歩いたぜ、と思うと行ける気がするから不思議。
シールはずしてブナ林を140m滑降。笑いが止まらない快適斜面で、あっという間にコルまで。そのあとの多少の登り返しは、シール無しでも何故か登れるありがたい濡れ雪のため、ずんずん前進する。全体が延々ブナ林で、樹間から地形が見渡せるので、地図読みも自在だ。視界が利くってのはとても助かる。


折紙岳、今山行の最高点は、そこだけブナ林無く、展望が良い。重畳たる山彙の彼方に烏帽子岳。屹立してどこからでも見えるかわいい山だ。稜線を東へ東へ。いくつかのポコをシールはずしたままスイスイトラバースしたりして超え、最低コル目指して不明瞭な尾根を探し乍ら滑り降りて行く。最低コルの峠には青森と八戸をつなぐ歴史的な峠道の跡なのか、ちらほら見え始めたヒバの林に混じって、古い木の電柱が立っている。電線はもうない。みちのくトンネルを跨ぐ辺りには美しいブナの巨木もあった。こういう峠のような特別な場所には枝振り豊かな巨木があることが結構多い気がする。居場所が良いのか、何か気が溜まるのか謎。
送電線を二度くぐる。八戸の火力発電所からの大動脈かな。ここは津軽南部を繋ぐ自動車、新幹線、電力の通り道なのだ。

きょうは最低鞍部からひと登りしたら景色のいいところで天場を探そう、と思っていたのだが、三角岳の南の628の直下まで来てしまい、東側は根っこの付いた氷のように硬いセッピの絶壁、西側は雪の融け、ブッシュの出た急斜面で、泊まれない気配になって急斜面が続いていた。セッピの切れ目から右の雪面をトラバースして・628の東斜面に逃げ、コンタ540の緩い尾根の下に天場を決めた。でかい枯れた倒木と、大きなブナの根元に穴が開いていたので、焚き火と天場が両方できる。八甲田の眺めも良い。夕焼けに浮いていた。
木の下の穴は2mほど深い。寝床はそこから横穴を堀広げ、上にブロックを二段くらい積んで、上をツエルトで塞ぐという簡単なもの。空も見えるスキマだらけだが気温が高いし雪も降らないから大丈夫。もうイグルーを積めるブロックではない。
春の嵐で枯れ枝や枯れた幹には困らない。拾って置いたガンピで一発点火した。カンノ君の出す生ハム、チーズ、ほか楽しみ食、山崎さん差し入れのナマコの卵、キシロのビール、葡萄酒、ニッカをなめて星空。きょうは新月なので星が多い。しかも閏三月の朔日(ついたち)だ。今年は旧暦で十三カ月ある年で、春が遠いのだ。雪も多いはず。十時まで飲んだ。先週あった農民も嘆いていた。

22日
4時にはすでに明るかった。アベックラーメンとお茶飲んで6時出発。少し雪は硬いけど、気温0度くらいで、シールは良く利く。ブナの木が背もたれに良い。
ここから・693への登りが、今回一番の問題ヶ所で、西側は猛烈なヤブ、東側に出たセッピがガチャガチャに崩れている。全行程通じてセッピはおおむね下に根があり、空洞ではないから安心して乗って快適に登れたのだが、ここはササ斜面をずり落ちて半崩れになっている。とはいえ、今にも崩落する気温でもないから、そのクレバスを跨いだりし乍らアクロバチコなシールワークで乗り越えて行く。スキー手持ちの箇所もあり。

三角岳は、本日の最高峰。山頂に、四角い巨大な電波反射板が向かい合っている。ずいぶん烏帽子岳が近づいた。陸奥湾の彼方に恐山山彙が浮かんでいる。きょうも視界が透明だ。山頂でシールはずしてまた滑降。冬の始めはスキー苦手でシール付けて滑っていたカンノ君も、ずいぶんスキー慣れしてしまった。竜飛のヤブスキー山行で、もうなんでもOKになったそうで。きょうも登り返しのシール張り直しはほとんど無しで、スイスイ滑って進撃する。三町境のポコで一休み。昨日焚き火で作った水、明るいところで見るとまっ黄色で、捨てる。フタせず雪を溶かすと煙でこうなる。気温が高すぎないし風が涼しいからそれほど喉も乾かなくてよかった。烏帽子岳手前の・652には凄く高い電波塔が立っている。そこへの林道に直下のヘアピンのところで乗り、烏帽子岳へ。烏帽子岳山頂が近づくと、それまで無かったヒバが少しずつ現れる。標高高いのに不思議だ。でも背が低く歪曲している。

烏帽子山頂は絶壁の上。来し方を振り返る。八甲田が霞み乍らもまだ見えている。三角岳からの低い辺りはどこの森をどう来たのかよく判別できない。でも脚は歩いて来たと言っている。テレビ電波塔だらけの山頂。津軽と南部の境界を歩いたので、物流、電流、電波の動脈を何本も越えて来た。風のない神社の前で腹に行動食を入れ、雪の車道を590手前のコルを目指す。馬門温泉に降りるか狩場沢に降りるかここまで決めていなかったけど、やっぱり海まで歩こう!てことになった。コルからは堀差川に降りる林道を滑って降りる。凄く滑る。期待していなかったので適当に谷に降りるつもりだったが谷は杉の密林だし、良く滑るのでそのまま林道を行く事にした。森林軌道のトロッコ軽便鉄道に乗ってる気分でターッと谷底まで。最高の傾斜だ。この時期だけの奇跡の滑りだった。林道が本流を左岸に渡渉したところで除雪、シートラして最終集落の助白井へ。じいさんばあさん、あいさつすると驚きと笑顔で立っていた。沢山の犬も。
海までの長い下り坂、踏切を渡ると陸奥湾が見えた。狩場沢の駅ではさっき汽車が行ったところ。一時間待ちなので。駅前でかろうじてやっている商店(店内ではおじさんがネコ2匹と飲酒中)で缶ビールを買って、海岸で乾杯した。海を見ていたら汽車の時間になった。
浅虫温泉で途中下車して温泉、鶴龜食堂で打ち上げご飯。せっかくの大盛有名店なので三食丼。これはみんなで分けてちょうどいい量だよ。三人これを頼むと食いシゴキになる。天ぷら定食とシェアするのが良い。また汽車に乗って青森へ。きょうカンノ君は、はまなすでなく白鳥で帰ることができた。学生キシロはまたまた1300圓の船で帰る。
歩きに歩いた39キロ。スキーの威力は凄い。20年以上前に買ったこのスキー、作った人の顔など思い浮かべて感謝の気分だ。3人そろって秀岳荘のバンド締めシールだった。雪が良くて、シール無しでも登れたとはいえ、頻繁な着脱には粘着式よりこちらのほうが有利。こういう長いスキーツアーでは欠かせない道具だと思う。古いからって捨てちゃ行けない。
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