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山の会昔語り・ 2006年4月5日 (水)

山の会裏話ー(8)
これでない方がいい

                          北大山の会東京支部・木村俊郎(1950年入部)
 冬休みに入ると冬山合宿へ出発である。昭和十九年にはすでに出火のため、従来使
われていた吹上温泉が使用不能になっていたので、その後ニセコで合宿したり十勝で
は勝岳荘をヒュッテとして使っていたようである。
 勝岳荘は白銀荘にも近く、吹上温泉のすぐ上にあったのでヒュッテへのアプローチは
二十五年入部の我々の時とあまり違ってはいなかったと思う。
 桑園駅に集合して夜行列車で富良野へ。そして真夜中に富良野線の列車に乗換る。
発車は五時半だが、直ぐに入線し、まだ乗客のいない空の客車にストーブまで焚いて
貰って朝を待って発車し、六時に上富良野着。駅の前で合宿幹事が手配してあった馬
橇に荷物だけ積み込み、人はそれに前後しながら徒歩で行く。
 平地が終わるのは、以前に噴火口付近で採掘した硫黄を運搬したという架空索道の
終点跡と思しき所で、ここからはスキーを着け、荷を背負って勝岳荘迄の登りになる。
 一週間の冬山合宿ともなれば一人当たりの荷は三十キロは超える。初めて合宿とあ
って見栄を張ってどんどん上って行った小生も、もうじきヒュッテという所で些かバテ気
味で腰を下ろして休んでいた。追いついてきた先輩は流石にもっと凄い荷を背負ってゆ
ったりと力強く脇をラッセルして通り抜けた。そして、一寸足を止めて意味ありげにニヤ
リとして語った。ある時の合宿で、X訓はこの辺りでヒラヒラになっちゃって腰を下ろして
動かなくなった。しょーがないので少し休ませてからテルモスのお湯をカップに注いでウ
イスキーを少々入れて渡したら。
「あーウマイ」
と言って忽ち元気になった。
「さー行くか」
と言って歩き出そうとしたら
「もう一杯下さい」
と言って空になったカップを差し出したので、お湯だけ注いで渡したら、一口飲んで
「これでない方がいい」
と言ったという。
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