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書評・出版・ 2011年9月15日 (木)

今号、寄稿しました。またルームや北海道などゆかりの人の記事が多かったので紹介します。

書評・出版・ 2011年7月11日 (月)


坂本直行 はるかなるヒマラヤ 自伝と紀行
編集 高澤光雄
2011年7月
北海道出版企画センター
http://www.h-ppc.com/single.php?code=366



坂本直行氏の1967年のヒマラヤ山麓スケッチ旅行の紀行「はるかなるヒマラヤ」、それに自伝「山と絵と百姓と」を中心にまとめた。どれも限られた読者媒体で以前連載されたもの。生前本人が本としての出版を楽しみにしていたとのことで、氏と交流の深い北海道登山史研究家・高澤氏による編集。
「原野から見た山」、「雪原のあしあと」など代表的な画文集で触れられていない直行さんの生い立ちから山岳部時代のことなどが詳しい。長男、登氏による直行さん通史「日高のいごっそう坂本直行伝」も収録。

書評・出版・ 2011年6月7日 (火)

高澤光雄さんは北海道登山史家。その黎明期を知る人物たちとの直接の交流、そこから受けた啓発により、埋もれた山登りの記録の丁寧な発掘、読み込みで、独自のテーマで道内の山の歴史をまとめてきました。これまで「山書研究」 やあちこちに興味深いテーマで小文を発表してきた。あまり出回る本としてはこれまでにまだまとまっていなかったので、今回が初めての待望の一冊です。先ごろ「北海道の登山史」という本の紹介もしましたが、こちらはそれに「探究」がつく深煎り本です。高澤さんの探究ワークをご覧ください。

書評・出版・ 2011年5月20日 (金)


裸の山 ナンガ・パルバット
山と渓谷社2010年

書評・出版・ 2011年4月1日 (金)


ニセコの新谷さんの4冊目の本。新谷さんはニセコでエリア外滑降の安全と自由のため20年間働いてきた知床シーカヤッカー。という説明では、知らないと意味不明かもしれないけどまあ皆さん知っているでしょう。タイトルの「骨鬼(くい)」は13世紀、元代のアムール川畔で、モンゴル族と戦ったアイヌと思われる北海道人のこと。アリューシャン、知床と関わってきたから思い至った、北海道先住天然人たちへのあこがれの本、と読みました。

書評・出版・ 2011年3月26日 (土)

岳人4月号p94
岳人に連載中の、ニセコの新谷さんの記事。カンダハーとバンドシール、イグルーで登る北海道の山登りに触れている。
「カンダハーの時代、私たちはスキーを履いたままでシールを脱着した。重荷を担いでいると容易ではないが、その技術の習得に努力した。」
「貼り付けシールは脱着に時間がかかり、そのたびいちいちスキーを外さなければならない。私にはそれが時間の無駄に思えた」
「シンプルな道具は行動半径を広げる。またトラブルへの対処も容易だ。それは登山の安全性を高めることにもつながる。」
「テレマークにしても山スキーにしても、今日の道具は過剰に立派すぎる。カービングスキーはかたい斜面でのトラバースがしづらく、スキー登山には適していない。」
「(80年代後半)友人たちに、山スキーは古いからテレマークにしろ、と強く勧められた。しかしテレマークでは登山靴を履けない。私はカンダハーと登山靴にこだわり続けた。」
「装備は素晴らしく進化した。しかし、現代の登山家やスキー登山家の行動は画一的に思える。そして昔に比べ、行動範囲はむしろ狭まっているような気がする。」
「雪洞は大雪山のような平坦な地形が続く山には適さない。雪洞に適した雪庇地形は大抵、崖の上にある。吹雪の中でそんな場所を探すのは危険だ。だからイグルーを作った。」

現役および山の会のみなさん。90年代以降、新品の装備を手にして画一的なルートしか行かないようになっていませんか?「滑りを楽しむ」とかなんとか言ってないで、「誰も行かないようなルートを延々スキーで踏破して楽しむ」とか、ガソリン使わずに「駅から駅まで山超えで、アプローチ含めてスキーで貫徹を楽しむ」とかいう山行計画は、シンプルな装備でないと発想できないものかもしれません。日本も変わり目です。高級な道具に縛られた、不自由な山登りのくびきを解き放ちましょう。

同じ岳人4月号のp182には同じく探検部出身の沢ッチョの連載で山岳スキー競技の勧めの記事があり、こちらにはワンタッチで着脱可能なシール(粘着式)の紹介もあります。こっちの記事の趣旨は、道具は手製で工夫して改良しよう、というものです。

北海道系記事ではありませんが、成瀬さんの大滝巡礼(立山のハンノキ滝)と、和田さんの剱沢幻視考は必読。池田氏の「現代アルピニズムのクロニクル」のミニャコンカ山群のグローヴナー北西壁とエドガー東壁は美しさにしびれた。ルート名は「無人地帯に咲いた薔薇」

書評・出版・ 2011年3月5日 (土)


竹内洋岳氏は、14ある8000m峰を完登しそうな初の日本人登山家。2007年G2で、雪崩で死にかけて、書き残しておきたいと思い、この本を出したという。 90年代に大学山岳部でヒマラヤを始め、誘いの声には即答で「行きます」と答え、やるべき事を積み重ね、歩んだ二十年間。極地法登山の一員から個人速攻登山へと脱皮し、経験と実力を積み重ねて続けて来た様が、語り口調でよくわかる。周囲の人たちとの関係や、どう身を置いて来たかなどがよく語られる。自伝ではなく、聞き書きインタビューという手法で、人柄が余すことなくわかる本。

書評・出版・ 2010年12月6日 (月)


北海道の登山史
安田治
北海道新聞社
2010.12
本の装丁は20年前の大学の火山岩石学か何かの教科書風。中身もずばり、ありそうでなかった北海道登山史の教科書。あとがきを読むと、労山の登山史学習会の資料が元になっているとのことで納得。北海道外、中部山岳での山岳史もその都度同時代を触れていて北海道の立ち位置がわかり、ここが肝腎なところだ。教科書好き、検定受験本好きの方むきの面あります。道民登山家は買い置くべし。

書評・出版・ 2010年11月30日 (火)



「サバイバル登山家」の服部文祥氏の最新刊。道具を持たず山に向かう姿勢は、20世紀初め、日本アルピニズム初期の登山、ひいては京都北山鯖街道、加賀藩の黒部奥山行にまで遡る。百年前の山、北海道の山ではアイヌが歩いていた事だろう。1920年代のAACH黎明期の登山を部報で読むにつけ、昔の人はどう登っていたのか?が僕にとっての大きなテーマになっていた。吾が意を得たり、の主題だ。その山行を装備装束含めて復元し、体験から得られる考察に共感する。古典は読んで思いは馳せるけど、ここまでやって書ける人はこれまでいなかったよね。

書評・出版・ 2010年11月26日 (金)

空白の五マイル 集英社
角幡唯介



面白い本だった。ヤルツアンポ空白部探検の記録は、未踏地帯の価値としては第一級。それに加え、生還が危なくなる終盤は、非常に気持ちを持って行かれた。久しぶりに同時代の探検記録を読みましたよ。

「冒険は生きることの意味をささやきかける。だがささやくだけだ。答えまでは教えてくれない。」
 
 
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