12月5〜7日
L小池(3 AL田中省(3 M鹿島(2
<時間とルート>
1日目:バーデン上富良野(10:00)Co1540(12:00)
晴のち雪 冬尾根上にはトレースがあり、それを辿っていく。Co1540のカンバ帯にブロックを積み上げてC1。今年は雪が少なくカンバが出ていたので、このテン場に泊まれたが、雪が積もるとカンバの先っぽしかでないところ。
2日目: 停滞。
雪 日本海をLが北上し、始終風が強かった。午前中に吹きだまらないようテントの周りを工事した。
3日目:C1(7:00)ホコ岩(8:00)ナイフリッジ手前(10:00)C1(11:30〜12:00)バーデン上富良野(13:20)
雪 冬型が決まる予報だったので、のっこしは不可能だと考え、アタックで行くことにする。ホコ岩の下りは、2,3mのクライムダウン。一応、岩角にシュリンゲを垂らす。台地上で視界50〜100m、気になる風だったが、第1岩峰まで行ってみることにする。局地的なものか第1岩峰付近は風が弱かったので進めることにする。ここ数日の雪で雪崩が怖かったので、岩峰の東側の斜面を捲くのにザイル1p40m出す。ピンは上も下もハイ松。ナイフリッジ手前で気になる風だったので引き返す。帰りも第1岩峰でザイル出す。台地上では風は振られない風になっていた。テントを撤収して、バーデン上富良野へ下山。
<パーティ>
冬メイン2年班準山3回目。ザイルワーク、岩峰の捲きできた。
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岳人1月号(12月15日発売)の第二特集「雪崩に遭うということ」という雪崩ルポ(角幡唯介)があります。その生還者インタビューの一人にセーノさんが載っています。仙丈岳、岳沢の2006年4月の雪崩。ほのぼのとした筆です。みなさん、人ごとではありませんなあ。(69p)
今号のみどころはそのほか、和田城志の剱沢幻視行(連載13回目)
【年月日】2009年11月28-29日(2-0)
【メンバー】L田中(3 AL小池(3 M2 鹿島(2 M1井ノ上 岡戸 木城(1
28日 白銀荘(7:20)−三段山Peak(11:00)−白銀荘(14:15)−林道脇樹林内=C1
天気は雪だが乾雪快調。白銀荘から夏道を行く。Co1400から樹林限界で視界2〜300。Co1520付近から先も夏道が乗っていた尾根をつめていく。非常にわかりやすい尾根。ガケ尾根直下でこの尾根が不明瞭となりデポ旗1.Co1690でガケ尾根に出る。尾根に出たところに止めデポ2。1本でよかった。ここから視界100時折気になる風。ピークまではあっという間。帰りは来た道。途中Mのビンディングが壊れて時間をとった。白銀荘駐車場でデポしていた宿泊装備を背負い込み十勝岳に向かう登山道の脇でC1。
Peakは雲の中に
29日 C1(6:10)−十勝岳避難小屋(8:50-9:20)−昭和噴火口(11:00)−十勝岳Peak(12:05)−十勝岳避難小屋(13:10)−C1(14:30)
曇り時々雪。Mのビンディングがなんとかなったので十勝岳At。夏道を行き九条武子歌碑手前の沢は転石渡渉。ここでM岡戸が沢に落ち靴をぬらしてしまった。M2が岡戸を天場まで送り岡戸はやむなく天場待機。この間で時間をとった。M2を避難小屋で待つことにして避難小屋まで適当な尾根をたどっていく。視界∞。避難小屋は新しく建てられていて毛布付。小屋からはMのスキーのこともあってツボで岩が出ている夏道を行くことに。小屋を過ぎてすぐシーデポ。夏道上尾根に乗ったところに止めデポ3。尾根を昭和噴火口まで。途中デポ旗2。噴火口に出たところに止めデポ2。噴火口から視界100だが風穏やかで雪少なく棒も出ているため進めることにした。北尾根上Co1760とCo1800の尾根が不明瞭なところにデポ旗を打つ。Co1840でEP。肩に止めデポ3.ピーク直下で振られない風となる。余韻少なく、強風のピークを早々と後に。帰りは棒と北尾根西側の斜面を見つつ来た道。
※Mのビンディングはこの日も不調で時間にはビンディング調整の時間が含まれている。
<Party>
1年班冬メイン準山3回目。生活行動技術の向上、EPワークできた。
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【年月日】2009年11月21-23日(3-0)
【メンバー】L田中(3 AL小池(3 M井ノ上 岡戸 木城(1
<時間とルート>
21日 浄水場(11:10)-Co1090(14;30)=C1
雪。移動時ALが運転する車が峠で一回転した。入山時にM1の一人のビーコン忘れが判明し、M2は入山せずM2のビーコンをM1が借りて入山。浄水場から雪がありスキーで行く。ラッセルは脛〜膝。途中登山口に気付かず通り過ぎてしまい磁石を南に切って適当な斜面を登り夏道に戻る。夏道は雪の下だが一度乗ればそれとなくわかる。夏道上Co1090にてC1。テント設営後ビーコン練。岡戸は見つけるのが早い。
22日C1(6:20)-Co1350デポ旗(9:30)-Co1400 シーデポ(10:15-30)-Co1440引き返し(10:40)-シーデポ(10:55-11:05)-デポ旗(11:25-11:55)-C1(13:20)=C2
雪のち快晴。1分歩いた先に看板が目印となる広めのテン場があることが判明。今日も夏道上を辿る。Co1200から不明瞭となり、夏道であろう場所を樹林限界付近まで。視界500のためAt決行。トラバースを開始した。やがて目の前に深めの沢型が現れこれが水無川またはその手前の沢型であると考え、後者であっても上部で尾根が合流するため沢型を渡らずにその左岸の尾根を行く。固くなったためシーデポEPとする。このとき視界200.少し登ると視界100を切り、途中Mのシールトラブルなどで時間もかかっていたため引き返す。帰りに滑落停止訓練をした。デポ旗まで戻ってくると視界が出て、さっき登った尾根が水無川左岸尾根の一本となりの小尾根であることがわかった。帰りはトレース辿って来た道。時間があるのでビーコン練を再度した。
23日 C2(6:15)-Co1370引き返し(8:30)-C2(10:30)-浄水場(13:20)
曇りのち雪。昼頃に谷が通過するようなので行ってみる。樹林限界まで前日と同じように行き、そこから登り気味にトラバース。樹林限界上も視界無限大だが時折気になる風であり地吹雪で悪化傾向のためCo1380で引き返すことに。帰りは磁石をきって登ってきた沢地形にあてた。Mはスキーに苦戦。テン場を撤収して夏道を下山。Mが一人ヒラヒラに。
<パーティ>
冬メイン1年班準備山行2回目
生活技術、シールワークできた
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【年月日】2009年11月14−15日(2−0)
【メンバー】L小池(3 AL田中(3 M鹿島(2
<時間とルート>
1日目:登山口(7:00)石室(9:00〜10:00)Co1740引き返し(10:30)石室(10:40)
暴風雪 夏道を行く。ラッセルはくるぶし。台地上に出ると振られない風で視界は50m。石室に荷物をデポして、夏道尾根を使って旭岳Atに行く。石室からは視界50mであり、デポ旗と所々出ているボッコを使って進むことにする。石室からは振られる風であったが、Co1740からは飛ばされる風となり進行不能となったため引き返しを決断。
2日目:石室(6:30)Co2100引き返し(7:40)石室(8:30〜9:20)登山口(10:30)
晴れのちガス、雪 朝起きると晴れており無風だったので崖尾根Atにでかける。天気が悪くなる予報だったので尾根末端までデポ旗を連打する。尾根上は雪が少なく、所々岩や砂利が出ていた。Co1850でスノーシューデポ、止めデポ1本。Co2000ぐらいからガスがかかり視界が悪くなる。Co2100で視界100、時折突風も吹くようになり、悪化傾向のため引き返す。あとは小屋まで行き、下山する。
<パーティ>
2年班準山2回目。悪天行動できた。
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【年月日】2009年11月7−8日(2−0)
【メンバー】L小池(3 AL田中(3 M鹿島(2
<Time>
1日目 十勝岳温泉(11:45)―夏道分岐(12:30)=C1
2日目 C1(5:30)―H(6:25)―上ホロ(6:35)―本峰(7:40~8:05)―H(8:55)―C1(9:30~9:50)―十勝岳温泉(10:20)
<Route>
1日目 快晴 十勝岳温泉から夏道を行く。雪は非常に少ない。夏道分岐に冬テンを立て、時間があったので尾根上まで偵察。ラッセルなし。
2日目 晴れ時々ガス 昼ごろから天気が崩れる予報だったので、ラテルネをつけて早めに出発する。尾根上に乗るところは夏道が分かるためデポ旗は打たず。H下でスノーシューをデポし、EPにする。H直下はブッシュ出ていて雪崩の問題なし。Hで視界100であったが、時折ガスも晴れていたためRまで行って時間待ちをすることにし進めることにした。Hの降り口にデポ旗1本。上ホロの下りでBS する。Rは夏道の棒が出ており視界が∞だったのでデポ旗は打たず。後は本峰ピークまで。帰りは来た道を行く。視界は行きも帰りも八ツ手岩~上ホロ避難小屋まで視界50〜100くらい。あとは∞。風はほとんど微風。本峰直下で気にならない風。C1でテン場撤収して十勝岳温泉まで。
<Party>
2年班冬メイン準山1回目。スノーシューワーク、視界がある程度ない中での行動、稜線行動、パーティ確認できた。
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【年月日】2009年10月31−11月1日(2−0)
【ルート】旭岳温泉〜天人ヶ原〜石室〜Co1930引き返し〜旭岳温泉
【メンバー】L田中(3 AL小池(3 M鹿島(2 井ノ上 岡戸 木城(1
<時間とルート>
1日目 駐車場(10:30)―天人ヶ原(11:00)―Co1500台地(11:30)―石室(12:20)―Co1930引き返し(13:15)―石室(14:00)―天人ヶ原Co1400(14:20)=C1
・晴れ
駐車場から登山道を行く。雪がなくシートラ。Co1500の予定天場まで行くが、雪が全くなく、天場を天人ヶ原に変更し、スキーデポして引き返し時間を設けてAt装備で今日中に行けるところまで行くことにした。石室付近から雪が出始めた。Co1930まで行き、時間切れのため引き返す。帰りに滑落停止訓練を行った。天人ヶ原Co1400付近の湿地でC1。
2日目 C1(6:10)―駐車場(6:45)
・雨のち雪
予想通り天気が悪いので下山することにする。登山道を歩いて駐車場まで。
<パーティ>
冬メイン1年班準山1回目、EPワークできた。
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【年月日】2009年9月15−18日(4−0)
【ルート】上高地〜西穂高〜ジャンダルム〜奥穂高〜北穂高〜槍ヶ岳〜上高地
【メンバー】L井之上(1 AL岡戸 木城(1
<時間とルート>
15日 雨→曇り 上高地(10:35)―西穂山荘=C1(13:05) 雨が止むのを待ち、出発。道はなんでもなかった。途中の水場は水の出が非常に弱かった。汲むのに時間がかかった。
16日 晴れ 西穂山荘(5:05)―西穂山頂(6:45)―間ノ岳(8:00)―ジャンダルムピーク(10:40)―奥穂山頂(12:35)―穂高山荘(13:10)=C2 独標を越えたあたりから歩きやすい岩になる。西穂を越えるとちょいちょい鎖が出てくる。落石とルートの印に気をつけて進む。先行単独のおじさんに追いつく。おじさんがついてきた。4人パーティとなる。
ジャン基部についたら荷物を置き、ジャンAt。ハッキリとした道がないので、気をつけて登る。ジャンダルムを進行方向の右側から巻く。
しばらくすると先日の事故で墜落したヘリと遭対の方が見えた。クライムダウンが続き、また登り、馬の背に。ジャギジゃギのリッジでかなり緊張する。穂高山荘到着直後に岡戸に頭痛が襲う。ヘリポートの近くにテントを立てたため、遭対のヘリの強風にさらされる。飯を食いしばらくして岡戸復活。
17日 晴れ 穂高山荘(4:50)―北穂山頂(7:20)-A沢のコル(9:00)―南岳山荘(10:45)―槍ヶ岳山荘(13:15)=C3―槍ヶ岳At(片道20分) 北穂までクサリ場が続く険しい道のり。北穂からA沢のコルまでの下りは崩れそうな砂利道。落石に注意して進む。キレットは緊張していく。南岳山荘からはひたすら道。槍ヶ岳山荘に着いたらテントを立ててから槍ヶ岳At!
18日 晴れ 槍ヶ岳山荘(5:00)−横尾(7:05)−上高地(10:05)
道22キロ。
<パーティ>
難所では慎重に歩けた。よく歩いた。
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天候に恵まれた心地良い晩秋のヘルベチア2日間でした。
今村カケス、下沢、矢野ヘルス、町田、伏島コーシャク、高田グジュ、小泉アキオ会長、工藤サスネらは草刈されて快調になった銭函峠越えで。三角と私は車、現役7名は小樽赤岩から買出し後、総勢17名が集まる。
メニューはおつまみと野菜サラダ、ビーフシチュー。さらにダッジオーブンでキノコご飯、手羽元と野菜でポトフを順番に作る。まずは樽ビールにて小泉会長の音頭で「ベチアの女神に乾杯!」。現役と私の合作料理は好評で「今までベチアでこんなにうまいものを食ったのは初めて」と皆に褒められ、苦労の甲斐があった。
最後に三角持参の大カボチャを同じくオーブンで砂糖とジャムを混ぜてオーブンを焚き火に突っ込むとこれまた美味!
現役1年に紅一点の女性から自己紹介がスタート。あとはいつもの年寄りの愚痴とも助言とも分らないお説教やら昔話。酒の勢いで記憶も定かでないが山の歌や寮歌を合唱。夜は冷えて星もきれいだったとか。朝には氷が張り、焚き火の脇で寝ていた現役の寝袋の上は真っ白。
翌朝は薪割りからスタート、老いも若きも技と力を競った。朝食メニューはウドン煮込み。これまた二日酔いの朝には最適、好評。
持参の重い斧を2丁持ってきたので薪割りもテンポが早い。約2tのイタヤやアカシアの薪を割り終わる9時半頃、車でお迎えの岩間夫婦ら登場。今回定山渓寄り四峰トンネルの亀裂騒ぎで国際スキー場で通行止めのゲートがあったが、通行証無くても通してくれたそう。さらに10時には山田、クンクン、白濱、沢尻(部外)らも現る。
記念写真を撮ると20名を越えたベチア祭りで、今年も82年になるそうで毎年たぶん欠かさず続けているこの祭りと小屋が健全である事を感謝。ただしカケスは早めに帰りも峠へ向かい(走って)何と2時間半で桂岡の自宅に帰ったそう。
小屋は新マットが入り快調。なお沢水を釣ってるホースが壊れていて来春の補修が必要。また今回の会計は下記のとおりだが山田(真弓)先生からのご厚志や総会懇親会の残など頂き、参加費は1,000円で間に合うところ会長が「返却せずベチアの基金に入れなさい」という一声で、約2万の残を組み入れる事にした。感謝します。
最後に小屋ノートの最新ページに先日亡くなられた大井さんが泊まった時の本人コメントが書いてあり感無量。その後に書き込む事を皆遠慮してしまった事を付け加える。
ヘルベチア委員 高篠(1972入)
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コンピュータを駆使して出された快晴の予報が合えなく外れ、雨の一粒でも降らなきゃメッケものといった様子のどんよりとした曇り空。ただほとんど風もなく比較的暖かい一日で、琵琶湖畔は打ち寄せる波もしんなりと、全天が穏やかに暮なずみ、月なし、オリオン座流星群なしも気にならない。
今回は常連の皆様の多くが時を同じくして別予定があったようで、総勢は5名。湖の大きさからするとやや小じんまりです。でもまあ2−3回噛んだだけで喉もとを通り過ぎる焼肉と、普段みたこともないような上品な酒をお供に、清談は尽きず放歌は延々。赤松の大ぶりの切り株を継ぎ足し続け盛大な焚き火を囲んで6時間のマラソンバーベキューになりました。勿論前支部長の原さんのご冥福を祈り、新支部長の内藤さんには任期をまっとう(?)していただくようお願いしたのはいうまでもありません。
翌朝はうす曇りの下、3名が勇躍1214Mの武奈岳を目指し、峠を3つ越え、沢を5−6本繋いで7時間の紅葉狩り登山を楽しみましたとさ。
では、また新年宴会でお会いしましょう。(岸本)
参加者(敬称略):相田(58)、田中英(59)、内藤(59)、名越(63)、岸本(65)
登山は相田、内藤、岸本
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